「父様が、話をしたいと言っている」
声が聞こえて、彼女が振り返ったところに晴臣が立っていた。朔也はそこで初めて高嗣がいたことに気付いたらしく、一気に年相応の驚きを見せる。
それでも――二人とも見逃さなかった。朔也の表情に確かな自信が戻っていること。すでにその瞳に、式神の主人としての自負が宿っていること。
こちらを見る高嗣をみとめて、一歩踏み出そうとしている。
「良かったね」
白蓮の声掛けに朔也は頷いて応えた。まだ白蓮にされるがままになっていた式神を見て微笑む。
「その子たちのこと、よろしく」
「うん」
朔也を見送った後、晴臣は当然不思議そうな顔で白蓮を見た。
「……よろしく、って?」
「うーん。もふもふ」
「おい」
晴臣は眉を顰め、それから――満足げな白蓮と大人しくしている式神を交互に見た。なんだかよくわからない。
わからないが……。
晴臣はなんだか久々に白蓮に会った気がした。離れていた時間はそれほど長くない。けれどもそう思うのは、離れたところから見た彼女の横顔が妙に大人びていたからかもしれなかった。
「高嗣さまを呼びに行ったんだね」
「そりゃ……名付け直しが成功するのを父様が見たら、あいつも居やすくなると思って」
「成功すると思ってくれたんだ!」
ぱっと浮かべられた笑顔は無邪気そのものだ。晴臣は安心してああと頷く。
「頑張ってたからな。朔也も、おまえも……」
「ふふ。ね。きっと朔也は将来、大活躍だね」
今のうちからこれだけ式神を扱えるのだ。憂いがなくなった今、あの誠実さが修行に向いたらと思うと――晴臣は自分の身まで引き締まるような思いがした。
そして彼にはもう一つ気づきがある。
「そうだ、白蓮。……ありがとう」
「え? なんで?」
「おまえが動かなかったら、朔也はずっとあのままだったはずだ。それで、分家に戻されてた……。おまえが信じたから、変わったんだ」
「朔也は、前から名付け直したかったって言ってたよ」
「でも誰も助けなかった」
晴臣は言葉を続ける。それはまるで自分自身に言い聞かせるような声だった。
「おまえは……才能がないって言うけど、そんなことない。不思議な力がある」
晴臣の言葉を聞いて、白蓮は静かに首を振った。どうしてか自分の言葉が届いていないような気がして、晴臣はつい畳み掛けてしまう。
「篁の才能主義とは、おまえは違うところにいる。だけど、必要なものだ。俺には、……」
白蓮の行動力。信じる力。
晴臣にはそれが今の自分に欠けていることを理解していた。白蓮がすでに持つその力を彼は知りたかった。
彼女がこれからも自分のそばにいてくれたらと思うけれど、晴臣はまだそれを言語化できない。
「……ありがと」
白蓮が、あまり響いていないような顔で言う。
あれほど無邪気なのに、明るいのに、こんなときばかり距離を感じる。一人だけ遠くにいるような表情。
「白蓮?」
窺った横顔が少しだけ寂しそうだ。焦った晴臣と不意に目を合わせ、白蓮が呟く。
「私だって篁だよ。周りの人のこともずっと見てきた。家のためになにかできたらって、思ってる」
篁の名前と、その覚悟。
晴臣の心に届いただろうか。
「……これからも本家に遊びに来ていい?」
彼女の言葉を受けた晴臣は、笑った。なんだそんなことか、と。
「当たり前だろ」
陽だまりのような微笑み。それがようやく目の前にふわりと浮かべられて、晴臣はようやくいつもの彼女をそこに見た。
――「式神を使ってみたい」。
彼女の願いは、無事に叶った。
式神に宿った仮初の命に頬を寄せながら、白蓮は静かに笑う。いいものが見られた。自分の見立ては間違ってなどいなかった。
やはり朔也は天才だったと。
晴臣は本家の後継者としての器だと。
(ちゃんと直せば、ちゃんと動くんだね)
かなり時間がかかった気がする。とはいえ、これほどの力なら待つ価値があった。
人間も――人間関係も。
使えるものがまた増えて、白蓮は嬉しかった。
人が自分のために立ち上がる。自分の力になろうとする。そんな瞬間を見るのはとても気分がいい。
壊れていたものが直って自分の力になる。自分を支えようとする人間が現れる。彼女が万全な人生を歩むために、それは何においても喜ばしいことだった。
狼の柔らかな毛並みに指を滑らせながら、白蓮はふと自分の掌の中にある「力」を確かめる。
そして――心の中で呟く。
(次は、何を直せばいい?)