篁千景は、ずっと自分の妹を目で追っていた。
もちろん心配だったからだ。自分を連れてきたあの小さな手の持ち主が。
白蓮は自分の制止が聞こえなかったように離れていった。するりと人混みを抜けた。
ほとんど本家の中でも見たことのなかった少年のもとへ、――誰もが遠巻きに見たその少年のもとへ自然に駆け寄り、微笑み、側に寄り添った。
その少年が――神の使いのような狼たちを従えた。
(どうして)
集まった若手陰陽師たちは、正直何が起きたのか理解しきれていないのだと思う。それでもただ確かなのは、ひどく幼いあの少年がとんでもない力を持っていたということと――白蓮が彼に心を許されているということだ。
そして白蓮はその後も本家の跡取りである篁晴臣と親しげに言葉を交わしているところだ。
繰り広げられた光景は誰の目にも信じがたいようなものだった。
だがこの場を異質な空気感で支配していたのがいずれも幼い子供たちであるせいで――人集りはみな引き続き彼らをよくわからないという様子で見守るか、仕方なさそうに散ってゆくかの二択だった。
「……」
「……あの。千景さん」
こちらを振り向くことのない妹を目で追っていた千景は、掛けられた声が思ったより近くに聞こえて驚いた。
振り返った先に見えたのは薄い桜色の着物。神妙な顔をした美しい女性。
本家出身の陰陽師である篁千鶴だ。
年も近く、名前も似ている。
陰陽師たちは同族であると同時にライバルでもあるゆえ希薄な関係になりがちだが――そんな多少の共通点があれば、親しくなることもある。
千景は知った顔である彼女を見て、心を蝕んでいた緊張が少し緩むのを感じた。
「千鶴さん。今の、見てましたか」
「ええ」
目が合った千鶴の表情にはいっそ不安の色が濃く現れていた。二人はそのまま並んで立つようにして、共に少し離れた少女へ視線を向ける。
「あの子、千景さんの妹さんでしょう?」
「はい。白蓮といいます」
「私も話したことがあるの。人懐こくて、元気な子ね」
「そうなんです。晴臣さまといつの間にか仲良くなったみたいで、家でも大きな騒ぎに……今日も、何故かこんなことになっていて」
千景は、今も本家の跡取りの隣で笑う妹を見る。
当然のように、白蓮はそこにいる。
「晴臣さまも、八束の子も、私達でさえ迂闊に近付くような相手じゃなかった」
それなのに、と千鶴が呟くのを聞いて、千景は何だかいたたまれない気持ちになった。白蓮が責められているように感じた――そして千鶴の目には、妹が「ただの子供」として映っていないことに気づいたのだ。
そっと窺う横顔からは、何とも言えない疑心が見て取れる気さえしてしまう。
「でも」
つい慌てるような声が出た。千鶴が自分の顔へ視線を戻したことに安堵しながら、千景は言葉を続けた。
「子供なんです。昔から好奇心旺盛で、知らない人にもすぐに話しかけたりして。だから本当、目が……離せなくて」
千景は、白蓮のことを大切な妹だと思っている。
時折遠くを眺めている。自分の言葉が届いていないような時がある。だからふと不安になる。
でも、それだけ。
笑う顔はとても可愛らしい。誰彼構わず話し掛け、無邪気にはしゃぎ、よく家の中を駆け回っている。年相応に人を振り回しているだけだ。
そう信じているから、人が白蓮に自分と同じような疑いを持つ時には――どうしたらいいか分からなくなってしまう。
「……なんて顔をしているの」
少しひんやりとした手が、そっと千景の頬を撫でた。
「千鶴さん」
「人さまの妹さんのことなのに、失礼な態度だったわ。ごめんなさい」
千景は黙って首を振る。彼女は悪くない。陰陽師として生まれたのに、――才能を持たずに生まれたのに、本家の跡取りや「天才」と瞬く間に親しくなっている。この状況自体はどう見たって異常なものだ。
誰だって、何故と眉を顰めるだろう。
(でも)
(だけど)
二人は内心のわずかな畏れを、すこしの不安を、魔法の言葉で誤魔化そうとする。
(だって、彼らは)
「子供だから」
「ええ。――子供同士だから」