それからの三年。
篁白蓮は本家に出入りし続け、本家付きの陰陽師たちとの関わりを求めた。
無邪気な子供として。
若手にも、老練の者を前にしても、白蓮は何も変わらなかった。初めに篁晴臣にそうしたように。
まるで物怖じせずに駆け寄ってきて笑う子供を、ほとんどの者は邪険にできなかった。本家付きの陰陽師たちにとってもまた白蓮は好都合な存在だったからだ。
彼女に一切の才能がない事実はもう知れていたが、それは自分たちの立場が脅かされることはあり得ないという保証でもある。
それに加えて、篁晴臣。八束朔也――本家稀代の才能たちが彼女を大切に扱っているのだ。
晴臣も朔也も、元から持っていた才能を修行に励むことでさらに確かなものとしていた。本家当主が目を細めて成長を喜ぶその二人が、屋敷に白蓮が訪れれば当たり前のように時間を作る。
彼らが心を許しているという白蓮に親切にしておくことで、陰陽師たちは時にその天才たちとも言葉を交わすことができるのだった。
今までは遠巻きにすることしかできなかった存在に。
何故彼らと親しいのかと聞かれるとき、白蓮はいつも同じ答えを返す。
だって友達だから、と。
陰陽師たちの間ではひそかにこう囁かれるようになった。
「あの娘は無才ゆえに、天才と繋がることができるのだ」
幼さと才能のなさで、警戒を解く。
利用しようと思われることも厭わない。
(大人になったら、こんな余裕はなくなる)
(「遊んでいられる」のは、今だけ)
目先のことよりも、今のうちに関係を作っておくことの方がずっと重要であると――白蓮はとっくに理解していた。
とはいえ、十歳になったばかりの白蓮は少しだけ暇を持て余していた。
自分の部屋で読書に没頭して数時間、時計を見上げた彼女は兄の部屋を訪ねる。
「兄さま。遊んでください」
――篁律己はまだ分家に留まっている。一番の才能を本家入りさせたいかどうかは分家の方針によるのだけれど、父はよほど兄を手元に置いておきたいらしい。
律己は例によって勝手に部屋へ入ってくる妹を見て、軽く息を吐きつつ本を閉じる。
「本家に行けないと退屈か?」
「行ってもいいと思うんですけど……晴臣に、しばらくは相手できない、って言われちゃったので」
最近、彼の周囲……本家はひどく慌ただしい空気に満ちている。
理由は明白だ――先日、本家当主に娘が生まれたのだ。
妹が誕生したとあって、晴臣も流石に白蓮と遊んでいる場合ではない。書庫は好きにしていいと言われているが、彼女も今の状態の本家に突撃していくほど考えなしではなかった。
本家の力は強い。それに、陰陽師の血筋は何においても重要視される。
本家をあげての祭りのような状態になっている今――分家出身の陰陽師たちも蚊帳の外なのではないだろうか。
「あ、でも、名前は聞きました。璃々ちゃんって言うんですって」
「そうか」
律己はさして興味がある風でもない。白蓮が見る限り、高嗣からの勧誘がしつこすぎて本家自体に若干うんざりしているような向きがある。
「本家は大騒ぎみたいですよ。兄さまも、しばらく行かなくて済むかもしれません」
兄さまも大変だよなあ、と白蓮が思ったとき――律己はふと顔を上げた。
何とはなしに呟く。
「……じゃあ、あの人も大変だな」
「あの人?」
白蓮の聞き返しには、何故か答えない。明らかにはぐらかそうとしているらしい妙な首の角度を見て、白蓮はそのうち答えに辿り着いた。
「千鶴さまですね!」
満面の笑顔も一瞥しかしてもらえないのは、怒っているのか気まずいのか。
白蓮は本家でよく顔を合わせる女性の姿を思い浮かべた。