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第30話

「お、白蓮。久し振りじゃないか?」

 その日最初に声を掛けてきたのは、何というか予想通りに分家出身の陰陽師だった。よく通る声をまっすぐに向けられて、白蓮も気負わず応じる。

「こんにちは、陽さん。お忙しいですか?」

「いや、ただの修行漬け。ご当主は璃々様にかかりっきりで俺たちを気にしてる場合じゃないからな」

 俺たち――とは、分家の陰陽師のことだろう。

「当たり前です。だって、まだ一月も経ってないでしょう?」

 鷹司陽。年は二十代の半ばほど。

 爽やかで裏表のない笑顔から人柄の良さはよくよく伝わる。適当に束ねられたぼさぼさの髪だけがいつも残念なのだが、「細かいことは気にしない」タイプらしい。

 白蓮が本家に出入りするようになって比較的すぐに声を掛けてきてくれた人。面倒見が良く、話が早いところがいいなあと白蓮は思っている。彼女の言葉にも陽はすぐに「まあそうだけど」と引いた。

「でも晴臣様は真面目だからなあ、何やってるか知らないけどずっと忙しそうにしてるぜ。まだあんなに小さいのにな」

「へえ。璃々ちゃんの才能がわかったとかですか?」

「おっ……」

 陽の顔が引きつった。辺りに人がいないかさりげなく目をやってから、わずかに眉を顰める。

「その呼び方、本家じゃやめといた方がいいぞ。マジで」

 幼い晴臣の忙しさに言及するのはよくても、璃々ちゃん呼ばわりはまずいらしい。

 軽い態度を取りはするが、本家付きの立場に相応しく根は真面目な人なのだった――改めて思いながら、白蓮はにこにこしながら謝る。

「ごめんなさい、陽さん」

「気をつけろよ。そういう無礼には、子供とか関係ないんだから……俺ならいいけど、高嗣様とか本家出身の陰陽師に聞かれたら冗談抜きで怒られる」

「はあい」

 忠告はよく胸に留めるとして――彼女は引き出した言葉を逃さずに会話の切っ掛けとした。

「そうだ、今日は千鶴さまに会いに来たんです。どこにいらっしゃいますか?」

「あー……」

 陽は白蓮の問い掛けに、軽く首を振った。その表情はどこか困ったように複雑だ。

「やめといた方がいいんじゃないか?」

「え? どうしてですか」

「すっげーピリピリしてるから」

「ピリピリ?」

 白蓮から見た千鶴は立派な「お姉さん」だが、陽からすれば千鶴は年下である。誰にでも親切な陽だから、千鶴とも良い関係を築いているだろうけれど。

「璃々ちゃ……璃々さまの関係ですか?」

「そ。あいつ、器用で聞き分けがいいから色々やらされてるみたいでな」

「じゃあ、私がお手伝いを!」

「やめとけやめとけ」

「うわあっ」

 ぱっと飛び出していこうとした白蓮の袖は陽によって素早く引き留められた。

「何するんですかー!」

「元気いいな、相変わらず……。俺も仕事を引き取ろうとしたよ、でも嫌がるんだ。あいつは変なところで責任感が強いから」

 陽の言葉に白蓮は小さく頷く。千鶴は自分のような子供が手伝いなんて申し出たとしても、可愛らしいことと笑ってくれるタイプでは決してないだろう。そのくらいはわかる。

「……でも……」

「お前、千鶴に懐いてるもんな。まあ、なんだかんだ面倒見がいいやつでもあるし」

 分かる気がするよ、と陽は笑った。

 白蓮は律己との関係を見込んで、千鶴にもたびたびアタックを続けてきた。千鶴の方も、嫌そうな顔を見せることはあっても、強く拒絶することはなかったのだ。

 子供だから許さなければならない。子供だから怒ってはいけない。そんな風に自分を律しているのが白蓮にも伝わってくるくらいには分かりやすい人。

 真面目なんだろうなあ、と思うばかりの白蓮である。

「面倒見がいいのは陽さんもです!」

「そういうのはなあ、面倒見られてるやつが言うことじゃないんだよ」

 陽は仕方なさそうに言いながら白蓮の肩に手を置いた。どうしてもと言うなら――と千鶴がいそうな部屋を結局教えてくれる、そのお人好しさが白蓮にはありがたかった。

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