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第33話

 篁にはいくつもの分家があるが、彼らは基本的に本家に逆らうような真似はしない。

 分家出身の陰陽師が高嗣の元での生活を許される「本家付き」となることは大変な名誉である。本家付きの陰陽師の実力と地位は確かなものとされるし、多くの「本家付き」を輩出する分家は自然と力を持つ。

 だが、それは同時に――呑まれるということだ。

 篁本家を見上げながら生きれば生きるほど、染まっていく。雁字搦めにされ、権力者の気紛れに振り回される日々の中へ取り込まれる。

 だから、と、白蓮は思う。

 強くならなければならない――いや、別に自分が強くなくてもいい。自分が自分でいられるための環境を、自分を守ることのできる手段を、今のうちに揃えておかなくてはならない。


 新たな出会いの確約を得た白蓮は、意気揚々と千鶴のもとを離れて庭に出た。晴臣を訪ねていくつもりはなかったが、庭で修行をしているような知り合いたちとは話をしていこうと思ったのだ。

 さて。

 と、軽く庭を見回すまでもなく、小さな彼女の視界がやわらかな白で覆われた。追って、ふわふわとした毛が彼女の頬を擽る。

「……わあ」

 胸の奥がふっとほどけるような感触。視界いっぱいに広がるのは、懐かしい毛並み――式神の銀狼たちだった。

「白蓮」

 頭上から降ってきた穏やかな声に返事をしたのは、彼女が完全に銀狼たちの背に埋もれてからだった。幸せそうな笑顔を浮かべる白蓮を、優しく見下ろす静謐な瞳。

「朔也。元気?」

「うん。本家に来てたんだね、声を掛けてくれたらよかったのに」

「帰りに寄るつもりだったよ」

 八束朔也。史上最年少で本家へ迎えられた彼も、今年で四年目になる。子供ながらに恐ろしいキャリアだ――もうその表情からは不安が消え、静かな落ち着きだけがそこにある。

「また背が伸びたんじゃない? 成長期には早いと思うけど」

「白蓮が小さいんだよ」

「……」

 白蓮がむっとした顔をしても、朔也の凪いだ目は変わらない。今や彼は高嗣の大のお気に入りで、本家付きの陰陽師たちは以前とは違う意味で彼と距離を取るようになってしまっている。涼しい態度で大狼たちを操る彼の姿は、とても軽く近付けるようなものではないのだ。

「ごめん、白蓮。そんな顔をしないで」

 宥めるような声。同い年のはずなのに子ども扱いされている気がして、白蓮はますます不機嫌な顔になる。

 とはいえ朔也は彼女に対して大きな恩を感じている――彼女の率直すぎる好奇心にも躊躇いなく応えてくれる素晴らしい友人である。白蓮は不機嫌もそこそこにぱっと身を乗り出した。

「朔也。分家、詳しい?」

「家によるかな。何かあったの?」

「ううん、分家がみんな璃々ちゃんのお祝いに来るって千鶴さんが言ってたから、気になって」

 いつもの好奇心か、と朔也は微笑む。白蓮の人好きと物怖じしない胆力はよく知るところだ。

「そうだろうね。高嗣様から、分家の当主が来たら会わせるって言われてるよ」

「え!」

 白蓮は目を輝かせた。千鶴からは聞けなかった情報だ。高嗣のお気に入りで、「本家付き」の中でも上等な存在の彼だから受けられる待遇。子供のうちから明暗が分かれるものなのかと思うと恐ろしい。

「面白い人がいたら教えてね。朔也みたいに優秀な人が紹介してくれないと、私なんか一生話す機会がないと思うし」

「白蓮なら誰とでも仲良くなれるよ。どうかそんなことを言わないで」

 朔也の控え目な微笑みに白蓮は頷く。彼の口から真摯に紡がれる言葉はいつだって温かい。

「ありがとう。――そうだ、聞いて朔也。私も千鶴さんに分家の人を紹介してもらったんだよ。会いに行くの」

「うん?」

 なんていう人なの、と朔也は当然尋ねた。そして白蓮は当然正直に答える。

「桐原黎明、って人だって。知ってる? 知らないよね?」

「……えっ」

 一瞬、朔也の呼吸が止まったように見えた。それから白蓮の手が強く握られる。

「……朔也?」

 ぽかんとした白蓮と、明らかに動揺している朔也。彼の顔色の変化は、もちろんただならぬ事態への心配ゆえである。

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