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第34話

 分家桐原。

 専門分野や家の姿勢で枝分かれする分家たちの中でも、桐原は毛色が違っていた――彼らは本家から分かれた先で独自の技術を磨き、呪術に特化した専門集団だ。

 その呪術は強力で、人の心に干渉し、向かい合わずして敵の精神を破壊する。それはもちろん正統な本家にはないやり方であって、卑怯卑劣と罵られることもあったが――そう声高に揶揄した者が不審死を迎えることもあったという。

 異端の分家。非道の陰陽師。

 散々な言われようとその力の異質さを知りながらも、歴代の本家当主たちは桐原を分家の一員として手厚く扱ってきた。

 もちろん、それは桐原の確かな実力を評価してのことだった。桐原家の当主たちも、本家の求めには必ず応じて力を貸してきた。

 能力の恐ろしさゆえに他の分家から距離を取られるような異端であっても、本家の全面的な味方であることを主張していれば排斥されることはなかったのだ。

 篁本家の支配的な立場と、才能がすべてという価値観。その二つが噛み合った結果とも言えるだろう。

 しかし先代が数年前に逝去。桐原の中でも最も実力があるとされた陰陽師が若くして跡を継いだ。

 それが、桐原黎明。


「その黎明って人、何かまずいの?」

「まずいっていうか……」

 とりあえず聞いてみた白蓮に、朔也は軽く首を振った。

 朔也は桐原黎明に会ったことはない。それなのに名前を知っているのは、高嗣が彼のことを話すのを聞いたからだ。

「すごい実力者なんだよ。それで前、高嗣様が話がしたいって呼び出したことがあるらしいんだけど――無視したんだって」

「……なんで?」

「後から送ってきた手紙には、『興味がなくて忘れてた』って」

「えー!」

 白蓮が思わず声を上げたのは純粋な驚きから。自分のような子供ならまだしも、分家の当主になるような人間にとってはあるまじき行為だ。白蓮でも想像するだに恐ろしい。彼女は恐る恐る尋ねる。

「高嗣さま、怒ったでしょ?」

「まあ……」

 朔也は流石に周りをぐるりと見回してから、白蓮に苦笑を向けた。

「でも、黎明さんはあの桐原が満場一致で当主に選んだ人なんだ。……怒ってはいるみたいだけど、諦められないのかもしれないね」

 高嗣は才能のある陰陽師が好きだ。未来ある若者の勧誘にも余念がないし、才能がある者には白蓮の目から見ても甘い。

 多少黎明が自分の思い通りにならなくても、気になるのだろう。

「そうだ。それこそ璃々様の挨拶にも、何としても来させようとするんじゃないかな?」

 朔也のそんなゆるりとした口調に、白蓮は確かにと頷く。彼女の心の中では順調に興味が育っていた。

 まだ見ぬ桐原黎明。

 とはいえ、そのあり方は白蓮の理想に近い。実力を持ち、勝手な振る舞いをし、それでも周りが口を出せない。存在を嫌でも気にしてしまう――そんな人間が当主を務める分家への強い好奇心。

「確かに! 黎明さんに会えるのが楽しみになったよ。ありがとう朔也!」

「白蓮、待って」

「わっ」

 引き留められて白蓮はつんのめった。朔也は彼女を慌てて支え、それから苦笑する。

「なんで、今の話を聞いて楽しみになるの?」

「楽しみだよ。だって、面白い人みたいだから」

「面白い? 本家の当主の言葉でも聞かないような人なんだから、心配だよ……」

「大袈裟だなあ。大丈夫、ほら、手紙を渡すだけなんだから」

 千鶴から受け取ってきた手紙を取り出してひらひらと振る姿には緊張感の欠片もない。初対面の時から何も変わらない少女の扱い方をもう朔也は知っていた。

(結局、こっちが守るしかないんだ。彼女が自由に動けるように)

 少し考えてから、朔也は自分の懐から紙片を取り出した。彼の霊力が既に込められた、銀の狼を喚ぶ道標。

「それ……」

 きっと君を守ってくれるだろうけれど、使うことがないよう祈ってるよ。

 掛けられた言葉をゆっくりと飲み込んだ後、白蓮は心配性だと笑ってみせた。

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