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第37話

 うわあ、と、白蓮は目を輝かせた。

 先程の男と連れ立って戻ってきたもう一人、「桐原黎明」が――とんでもない美貌の持ち主であったからだ。

 門の前で放置されてぽかんとしていた白蓮にとって、それは大袈裟でなく衝撃的なことだった。

(すっごく綺麗な人!)

 全体的に暗い色彩である桐原邸、その一角を折れて現れた白装束の麗人に白蓮は遠慮のない視線を向けた。黎明もそれに気付き、にこやかな微笑みと共に手をひらりと振る。

「わー! 初めまして!」

「ごめんね。お待たせ、小さなお客さん」

 ゆっくり近付きながら言う黎明にも、白蓮はジャンプしながら手を思い切り振り返す。きらきらしい笑顔で手を振り合う二人を、後ろからついてきている門番の男はじっとりとした目で見ている。

 ――何やってんだ、この人達?

 年相応に可愛らしくはあるがただの小学生と、実力は折り紙付きだがどうにも適当な大の男。二人が向き合う光景は違和感満載である。

「うちの者が、気も使えず失礼したね。こんな外で待たせてしまって」

 甘く優しい声にやられてしまうには白蓮は子供すぎた。純粋な優しさと受け取り、白蓮は笑顔で首を振る。

「大丈夫です! 篁白蓮です。こんにちは!」

「はいこんにちは。元気だねえ」

 黎明と白蓮の間には悲しいほどの身長差がある。初めて見る存在を興味深げに見上げる白蓮をしばらく見て、黎明は後ろを振り返った。

「修次」

「は――はい」

 白蓮は門番の名を知ってそちらに意識と視線が向いた。そして直後、その頭を黎明がはたくのを目撃する。

「いって!」

「えっ」

 強い力ではなさそうだ。だが急なことで驚く白蓮を他所に、黎明は静かに語り掛ける。

「おまえ、この子が実力を隠した本家の子だと言ったね。おまえのようなやつが詐欺に遭うんだよ」

「さ、詐欺?」

「おまえは思い込みが激しいね――門番は務まらないようだから、修行でもしておいでよ」

「ええ、だってその子は篁の、本家の使いだって」

「いいから、お行き」

 言い合う二人の姿を見て、白蓮は首を傾げた。

(不思議な感じ)

 黎明の言い方は柔らかいが、内容は厳しい。反論を許さない圧は白蓮にも感じ取れる。しかし言われた方である修次も特に萎縮していない。逆らいはしないが不満が顔に出ているし、表情に恐怖もないのだ。

 懐いている、というか。

 関係ができているんだ――そんな風に思い、何だかその目新しい関係性が魅力的に見えた。

 その面白さがあるから、詐欺師扱いされたことにも怒りを感じない。

 修次が去ってしまってから、黎明はふたたび白蓮に向き直った。優しく人好きのする笑みなのに、どことなく不安になる。

(朔也とはまた違う感じだなあ)

 面白そうに自分を観察している黎明が何も言わないのをいいことに、白蓮も存分にその顔を眺める。

 本当に綺麗なよく出来た顔立ちである。今までに会ったことのないタイプだ。

 これまで白蓮の中で「美しい人」といえばもちろん朔也だったし、朔也は線が細くまるで女の子のような「美少年」だ。

 比べて黎明は明らかに男性然としていて、圧倒的なオーラがある。この全体的に怠そうな空気感がいわゆる色気であるのだが、白蓮にはまだわからない。

 力のなさを悟られてもその通りなのでにこにこしている。彼女は自覚的には嘘をついていないから、何も後ろめたいことはないのだった。

「さて、白蓮ちゃん。僕はすごく不思議なんだけど」

「はい! 何ですか?」

 元気のいい相槌に、黎明は小さく笑った。そして、白蓮の懐をすいと指差す。

「君自身には何の実力もないね。なのに『そこ』にはとんでもない力が眠ってる。あまりに不相応だ。どういうことかな?」

 言わずもがな、そこに眠るのは朔也が貸してくれた狼だ。白蓮自身には使役する力がなくとも、あの天才が既に霊力を込めている――白蓮が本当に危なければ、きっと力を発揮してくれるだろう。

 からりと聞く黎明に、白蓮は明るく答える。

「これは、本家の陰陽師が私を守るために与えてくれたものです。あなたに何かされたら使えって!」

「……ふぅん?」

 無遠慮な物言いにも優しい笑顔は崩れない。

 この少女が本当は実力を隠しているなどというのが戯言であることは、黎明にとっては明らかだ。

 だからこそ彼女の後ろ盾として「本家の有力な陰陽師」がいることの真実味が増す。黎明は自分の長髪にゆるりと手櫛を通し、わざとらしく切なげな顔をした。

「随分嫌われてるみたいで悲しいなあ。誰だい? 君を使いにやったっていうのは」

「千鶴さまです」

 千鶴。

 その名前を聞いて黎明は一瞬考え、彼女のことを思い出し――そして笑みを深めた。

「千鶴ちゃんか! なるほどね。だからこんな小さい子を使ってまでも僕と関わりたくない訳だ。よくわかるよ」

 一気に愉しそうな笑顔になった黎明を見て白蓮はほっとした。曲者らしいことはよく伝わってくるけれど、話はしてくれそうだと思えたからだ。

「そうか、千鶴ちゃんは子供に嫌われるタイプだと思ってたけど、流石だね。君を邪険にするとまた怒られそうだからなあ……とりあえず中で話そうか」

 白蓮ちゃん。

 呼び掛けられ、また白蓮ははっきりと返事をした。確かに千鶴と黎明は相性が良くなさそうである。というか黎明と相性の良い人間が白蓮にはぱっと思い浮かばない。

 これほど美しいのに軽薄すぎる。きっと実力も千鶴より遥かに上なのだろうし、彼女は黎明のこういう態度が気に食わないのだろう。

 案内のため歩き出した黎明が、なんだか困ったようにぼやく。

「んー、でもその式神はどう見ても千鶴ちゃんごときが扱えるようなものじゃないよね。聞くことがいろいろあるなぁ」

 ――なるほど、こういうところが嫌われるんだ。白蓮は返事の仕方がわからず適当に笑った。

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