『あんまり私の仕事を増やさないでくれない?』
わざわざ掛かってきた電話。黎明が代わると、実に刺々しい声が鼓膜を刺した。
「……ごめんねえ、誰だっけ」
『本家の篁千鶴です。あのふざけた手紙に高嗣様がとてもお怒りで、私も困っているの。その抗議の電話なんだけれど』
ふざけた手紙。心当たりがありすぎてどれだか分からないが、ほとんどが本家当主の要請を突っぱねるものである。
「高嗣様が怒るのは分かるけど、なんで君が困るの?」
――つい口にした反論が彼女の逆鱗に触れた。
彼女はそれから気が遠くなるような文句を続々繰り出してきて、黎明はちょうど暇だったのでラジオのようにそれを流し聞いていた。
そこで黎明は、自分が当主になる前から本家からの勧誘を取り次いでいたのが彼女であることに気が付いた。
『こんなに態度が悪いのは分家の中でもあなただけよ、なんで私はこんな損な役回りを――』
怒っているのに悲痛な声に聞こえた。彼女も使い潰されていることが伝わってきたのだ。
千鶴が分家の人間を良く思っていないらしいのと同じで、黎明も本家を良く思っていない。しかし自分が厄介な存在であることは重々承知だし、本家のように堅苦しい組織の中での厄介な仕事が「才能のない者」に行くのは想像に難くなかった。
桐原黎明を何とかしろと言われているんだろう。それで叱られてでもいるのかもしれない。成果が出ることは有り得ないのだから当たり前だ。
可哀想な子だ、と思う。
雑に扱われ、損な役回りをさせられ、報われることもない。それでも彼女は反旗を翻さず本家に従っている。こちらの方を攻撃する。
(君の攻撃の方向は、それで合っているのかい?)
彼女はどうにも生真面目な性格らしく、黎明がどれだけふざけて対応しても諦めない。以降、死ぬほど嫌われてはいるだろうが関係は続いている。
それが今回は、とうとう心が折れたのだろうか? 般若のような形相で怒鳴り込んでくるでもなく、何度も電話を掛けてくるでもなく、こんな子供に手紙を託してきた。
「黎明さん?」
――黎明は、少女に視線を戻した。
子供らしい顔立ちに場違いな覚悟の気配が宿っている。きょとんとしたあどけない目の奥に、彼女がいったい何を持っているというのか。
自分にも守るべきものがある。千鶴が何をもってこの少女を来させたか知らないけれど、ただ形式的なだけの要請に従うことはない。
それでもと言うなら。
(やってみろ。「篁白蓮」)
話は聞く。ただ受け流すだけだ。優しく彼女の言い分を聞いてやり、そして帰り道を教えるだけだ――黎明は甘い微笑みを向けて、わずかに姿勢を整えた。