担保になりますか?
そんな声は、悪意の感じられない無邪気なものだった。
友情を。信頼を。
自分が他人と築いている関係性を、この恐るべき娘は平然と利用しようとしているのだ。
本家当主の息子が普段どんなふうに過ごしているか知らないが、白蓮の言うことは滅茶苦茶だ。
彼女の言うとおりになるためには、まず式神の使い手が「本家当主の息子」に直談判してくれる必要があるし――さらに、晴臣が「白蓮の無事を確かめる」ことを最優先にしなければならない。
馬鹿げた賭けだ。
子供らしく――未熟で痛々しい賭けだ。
白蓮にとってひどく不安定な賭けだったからこそ黎明は乗ったのだ。遊び感覚で、物珍しい式神の相手もする気になった。手加減をしながら様子を見る余裕があった。
もしも賭けに少女が勝ったら。そんな心の片隅の恐れから目を背けるように、自分の好奇心を満たすように、黎明は大青と戦った。実力があるもの同士の模擬戦に、白蓮も観客たちも夢中で見入った。
まったく期待していない賭けだったのだ。
だから――自分が術を放ったタイミングでも、大青が吠えたタイミングでもないのに、再び爆発のような轟音が響き、地面が鳴ったとき。
広い庭の中心へ、巨狼に乗って現れた白装束の少年二人を見た時。その瞬間の二人のあまりに必死な形相を見た時。
黎明は静かに悟った。
そして白蓮は思った。
(勝った)
「白蓮!」
あまりにも悲痛な晴臣の声を聞いた白蓮は、本能的に感じた。やばい。
真剣すぎる。
まさか電車で来るとも思っていなかったが、朔也の式神で天を駆けて来るとはさすがに予想外だった。晴臣は桐原邸の庭に飛び込んでくると同時に巨狼からも降り、ギャラリーに紛れる白蓮を一瞬で見つけ出した。
先入観もあって、囚われ虐められているようにでも見えたのだろうか。白蓮でさえ初めて見る必死な形相はこのとき、彼女のことだけを真っ直ぐ見据えていた。
「白蓮、無事か。大丈夫なのか!?」
「えっ……あー……」
「お前、なんでこんなところに」
つかつかと歩み寄ってきた晴臣は白蓮の頬に手を寄せ、無事を確かめようとした。その目は真摯な心配に満ちていた――予想以上の剣幕に白蓮はたじろいだ。
ギャラリーたちも何事かと静まり返ったが、やがてそのうちの一人がぎょっとした声を上げる。
「晴臣様?」
「えっ」「マジで」
「……は?」
知識として晴臣を知ってはいても、彼らは本家とは関わりが薄いゆえにどうしても緊張感がない。ギャラリーの不自然な反応にようやく晴臣の意識が向いた。
白蓮は現実逃避のため朔也の様子を窺った。
朔也の方は大青に駆け寄ったこともあり、危険な状況でないことを先に把握したらしい。怪我をしたわけでもない式神を確認して、安堵の表情を浮かべている。
後で謝らないとな、と思った白蓮を――恐ろしく低い声が捕まえた。
「どういうことだ」
全ての感情が消え失せたような声だ。白蓮はもう逃げられないと悟り、のろのろと説明する。
「……れ、黎明さんに遊んでもらってたの。ほら、朔也がお守りにって持たせてくれた式神、すごい強いから。えっと、だから」
そんな間にも晴臣の目がどんどん暗くなっていく。やがて静かに彼は口を開いた。
「白蓮」
「……ハイ」
「どれだけ心配したと思ってるんだ!」
燃えるような目は本気で怒っていた。
震え上がる白蓮に、晴臣は人目も厭わずに説教を始めたのだった。