朔也は天狼から晴臣が降りて駆け寄る先を見て、白蓮の無事を確認した。晴臣が行ったのだから大丈夫だろうと思うと、案外すぐに落ち着くことができた。
主人の迎えを知った大青がぱっと朔也へ向けて甘えるように鳴く。元気そうな様子に朔也が思わず安堵の溜息を吐いた時、背後から声を掛けられた。
「思っていたより、ずっと若いねえ」
黎明だ。
「……初めまして」
大青の身体には、痛ましい傷はひとつたりともついていなかった。
実力の試し合いのようなことをしていたのだろうか?
朔也は白蓮と同じくらい大青のことを心配していたのだが――大青にはむしろ遊んでもらった後のような呑気さがあって、彼が抱いていたはずの怒りは勢いをなくしてしまっていた。
「八束朔也です」
「桐原黎明だ。……君が、白蓮ちゃんにその式神を貸したんだね」
「はい」
朔也はつい黎明を見上げる。その高い背と芸術品のような美しさに朔也でさえ見惚れそうになった。圧倒されて言葉が続かない朔也の視線を、黎明はゆったりとした微笑みで受けた。
「すごいね。素晴らしい才能だ。本家付きかい?」
「……はい」
「良い勉強をさせてもらったよ。要らない心配を掛けてしまって、申し訳なかった」
黎明の穏やかな語り口に朔也は戸惑った。高嗣から聞かされていたような不誠実さがまるで感じられない。静かな口調には潔さがあった。
朔也は曖昧に首を振る。初対面の黎明から素晴らしい才能などと手放しに褒められ、反応に迷ったのだ。誤魔化すように朔也は白蓮のほうを見た。
「白蓮のお陰です」
「うん?」
疑われ、意味が分からないと言われて当然の答え方だった。だが朔也は過去の大きすぎる恩から、自分が認められた時には彼女の名前を出しがちになっているのだ。
「彼女の言葉に救われました。だから、僕は式神を使役することができるようになったんです」
「……恩があるから、才能のない彼女を守るためには何をおいても駆けつけるということかな」
黎明に問われ、朔也は少し考えた。それから静かに首を振る。
今度は、はっきりと。
「才能の有無は、関係ありません」
黎明はわずかの間押し黙った。
やがて、彼もそうなのかい、と問いを投げ掛ける。黎明の視線の先にいるのは晴臣で、彼が白蓮の持つ力をどれだけ重く見ているかなど朔也にとっては明らかなことだった。朔也は躊躇いもなく頷く。
そうか。
小さな相槌の後――黎明は視界に映る子供達へ、優しい眼差しを向けた。
一歩を踏み出す。
(……眩しい)
(眩しいものだな)
説教はまだまだ続いていた。
「お前ってやつは、本当に!」
「ごめんってば。晴臣――」
「ごめんで済むか! 分家の当主のところに行って戦闘してるなんて、……俺は最悪、お前が死んでると思ったんだぞ!」
「し、死んでないよ」
「見れば分かる!」
白蓮は思わず身をすくめた。下手に言い返すと百倍になって返ってくることを学び、大人しくしようと思ったのだ。ギャラリー達は晴臣の剣幕に引いていたが、どう見ても子供の喧嘩であるし……と微妙な空気でなんとなく見守る構えになっている。
晴臣は怒っていた。
まったく姿を見せないかと思えば、本家に対して反抗的な分家にたった一人で行っている。襲われているのかと思って来てみれば、分家の当主と朔也の式神で遊んでいる。何が何だか分からない――あの心臓の冷える感覚を思い出すだけで晴臣は震えそうになった。
それなのに白蓮は何故いつもこんなぽかんとした顔で自分を見るのか。さらにこんこんと言い聞かせようとした晴臣の上から、涼やかな声が掛かった。
「晴臣様」