「……黎明さん」
晴臣は振り返ってぎょっとした。今まで白蓮最優先で行動していたが、そういえば彼女を相手取っていたのは紛れもなく彼である。本家や高嗣の指示にまるで従わない「厄介者」、桐原黎明。
父が彼をよく悪様に言っていることもあり、晴臣は何とも気まずい気分になった。まさに今まで白蓮に怒っていたところへ優しげな微笑みを向けられては尚更だ。
どう接する? なんと言う?
まだまだ本家の人間として、毅然とした動き方ができない――晴臣は内心の焦りを隠そうと意識したが、黎明はそれさえも当然見透かしている。
その上で微笑ましいと感じて、語り掛けるのだ。
「今回は私の紛らわしい振る舞いのせいでご足労いただくことになり、大変申し訳ございませんでした」
「え……」
深く頭を下げた黎明を見ても、晴臣は現実についていけない。こんな形で黎明と対話をすることになるなんて思ってもみなかった。
黎明の語り振りは、ひどく優雅だ。
「そのお嬢さんに説得されまして。今までの行いが愚かなことだったと痛感したのです、こんな場で恐縮ですが――あなたの父上に、改めてお話をさせていただきましょう。正式な謝罪と和解の申し入れを」
「……黎明さん」
「これからは、本家に忠を尽くすつもりです。私なりのやり方で、ではありますが」
晴臣の耳にどんどん流れ込んでくる、信じられないような言葉の数々。
どういうことだ。
父があれほど言っても、本家の求めに応じてこなかった相手だ。何故こんなことを彼が言い出すのか、何を言われたらこうなるのか? まったく現実感を伴ってくれない状況に、晴臣は視線をずらした。
少女のほうへ。
自分を振り回し、ここまで怒らせたというのに――今は目を輝かせ、満面の笑みでこちらを見る白蓮へ。
「良かったね、晴臣!」
その太陽のような笑顔に、晴臣はいよいよ言葉を失ったのだった。
言うべきことを言った黎明は、ギャラリーを解散させるため晴臣の前を辞去した。
「ほら、お前たち。いつまでも遊んでないで、修行に戻るんだよ」
「いやいやちょっと黎明さん、今のなんですか! 本家との和解って」
「ああ、うるさいうるさい。後でちゃんと説明するよ」
「ええー!」
「横暴だ! 黎明さん!」「黎明さん!」
喧々轟々とうるさい若手たちを雑に追いやる。彼らは黎明の言葉に驚いてはいるが、あからさまで鋭い反発は見て取れない。良くも悪くも、黎明の行動を信じてくれる同胞達である――そんな反応に疑問を持ったのは、黎明というよりも晴臣の方だった。
「桐原の家って、こんな感じだったのか」
晴臣が父から聞かされていたのは、本家のしきたりに従わない不誠実な人間像。本家付きの者もなく、人の精神を侵す呪術に特化した得体の知れない分家の存在。
いざやって来てみれば――とてもそんな風ではない。
「みんなすごく優しいよ。今日もとっても楽しかった!」
「お前はもう少ししっかりしてくれ……」
軽く言う白蓮には頭が痛くなるけれど、それでも晴臣は白蓮のことを信じたくなってしまう。
行動しなければ何も分からないと、いつも自分に伝えてくれる笑顔を。
「そうだ。だいたい、なんでお前がここに来たんだ?」
「千鶴さまにお使いを頼まれたの。新しい人と知り合いたかったから、すごく助かった!」
「千鶴さん? ……ああ……」
父が璃々への挨拶の取次をさせると言っていた。仕事量が多かったところにどうせ白蓮が突撃したのだろう、晴臣はまた頭を抱えそうになった。
そんな彼だって、楽しそうな白蓮の笑顔を見ると何も言えなくなるのだからたまったものではない。
白蓮はふと晴臣を見上げた。純粋な瞳が彼を貫く。
「晴臣。私、晴臣のこと信じてるよ」
「何だ、急に」
「晴臣は立派な当主になるよ。だって私のことをこうやって助けに来てくれるくらい優しいから」
優しくて、平等で、真面目で。今も気まずそうにしているのに、見上げた白蓮をしっかり見返すこの誠実さ。
(きっと私のことを、何があっても、見捨てられない)
「私たち、ずっと友達だよね?」
「……だから、何だ? 急に……」
不審そうにしながらも、妙に真剣な顔で見つめてくる白蓮に晴臣はつい小さく吹き出した。その笑顔だけで、友情の証明には十分だった。