六年が経った。
六年。
決して短くない期間のうちに、白蓮の周辺の環境は大きく変わっていた。
変わらなかったのは、彼女の信念と生き方だけ。
十六歳になった白蓮は、細身で柔らかな雰囲気をまとった少女。見た目だけなら、どこにでもいる普通の女子高生だ。
格別に整った容姿という訳でもないけれど――笑えば途端に、周囲の空気ごと明るくするような不思議な魅力があった。
誰に対しても変わらない笑顔と、無邪気な明るさ。たったそれだけで、白蓮の周りにはいつも自然と人が集まった。
「篁の娘」としては、高嗣に認知されてより本家へ自由に出入りし続け、充分な生活基盤を手にした。
「篁白蓮」としては、有数の進学校へ入学。決して「陰陽師」ではない彼女は修行の必要もなく、勉強や興味のあることに存分に時間を割いている。
陰陽師としての才能はついに開花しなかったが、それはもはや彼女にとってどうでもいいことだった。
白蓮は思う。
(才能なんてものは、誰かが持っていればいい)
(私の近くにいる、誰かが)
というわけで。
「平凡な」高校一年生、篁白蓮は――今日も元気にインドカレー屋でアルバイトをしていた。
*
「なんでだよ!」
晴臣の怒鳴り声に、白蓮は両手で耳を塞ぐ。あーあーとふざける彼女の手を、呆れた表情の少年がぐいと外させた。
篁本家、晴臣の部屋の縁側である。光差す穏やかな空気の中で並び座りながらも、白蓮は嫌そうに首を振る。
「いいじゃない、私がどこでバイトしたって……」
「頼むから、毎回驚かされる俺の身にもなってくれ。前のやつからもう変わったのか?」
「……ああ、サボテンミュージアム? あれは期間限定のバイトだったんだよ、とっくに終わってるの。楽しかった!」
「楽しかったじゃない!」
サボテンミュージアムってなんだ、と晴臣は改めて項垂れた。白蓮に説教が効いた様子はない。
――どうしよう、こいつ。
豪胆にも篁本家次期当主の頭をここまで悩ませる女は今のところ他にない。晴臣はぼけっとした呑気な笑顔を前に深い溜息を吐く。
真面目さと誠実さが明らかに出るようになった精悍な顔立ちにも苦労が滲む、悲しい仕草だ。
白蓮はその地頭の良さを開花させ、それは優秀に育っていた。学ぶことが好きと言い続けた彼女が学業で優れないはずがなかったし、好奇心も行動力も年毎に増していった。
高校生、十六歳になって彼女に解禁されたことがある。アルバイトである。
「やってみたい」が口癖の彼女にとってこれは待ち侘びた時機であったらしく、彼女はロケットスタートでさまざまなアルバイトに手を出すようになった。
分家当主はもはや諦めているようである。
(まったく……)
短期バイトだの単発バイトだの、高校生でもできるものには次から次へと応募している。そして面白いことがあれば晴臣に嬉々として話しに来るのである。
ちゃんとしろ、と思う。
晴臣にも次期当主としてさまざまな役割が与えられるようになってきた。もちろん彼は白蓮のことをいまだに放ってはおけないし、友情を手放すつもりもない。
だが、優秀なのに、やろうとすればなんだってできるはずなのに――妙なアルバイトに精を出している様子はなんとも歯痒い。
もちろん本人にも言ってみた。その答えは実にあっさりとしていた。
「いや、私、陰陽師じゃないから」
ごもっともである。とはいえ彼女が訪ねてくれば相手をしてしまう晴臣も晴臣で、相変わらずの二人。
――いや。
相変わらず、から変わったことがある。廊下をばたばたと駆けてくる足音に、白蓮はふと顔を上げた。
同じタイミングで晴臣の顔が曇った。躊躇いなく近付いてくる足音の主は、そのまま晴臣の部屋の襖をノータイムで開け放った。
パァン、と。
「白蓮!」
ある種威嚇行動なのだろうけれども、白蓮としてはいつかの自分の所業を思い返して笑ってしまいそうになる。
襖を開けたその両手の幅はあまりに小さい。彼女のことを悪意さえ込めて鋭く呼ぶ声だってあまりに幼い。
「璃々ちゃん」
「ちゃん付けしないで! 白蓮のくせに!」
――晴臣によく似た怜悧な顔立ち。気の強そうな瞳は晴臣もすでに負けているだろうか、六歳ながらにしてその子はきらきらしい華やかさを持っていた。
一目で高級品と分かる涼やかな紺の和装、それに濡羽色の艶やかな髪を綺麗にお下げにしてもらった姿はまさに「お嬢様」然としている。
篁璃々。
本家当主が愛してやまない娘である――少々、育つ方向を間違えてはいるようだけれども。