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第54話

 恋愛について。

 白蓮はなんとなく考えてみる。

 正直、彼女は他人同士の心の動きを見ている方が面白い。

 誰も自分のことでは冷静になれない――きっと、ほんのわずかな例外を除いて。

 今まで知り合った中でも、白蓮が完全に自分の感情をコントロールできているなと思った人間はいない。もっともその印象に近いのが兄の律己だったのだが、彼も本当に大切なもののためには変わることを知った。

 不合理と戦い、怒りを露わにし、損得など度外視で動くところを見た。

 学んだ。

(本当に、見応えがあった)

 あんな感情が自分に向いたらと思うと、白蓮はなんだか複雑な気分になった。まあいずれはそれも「知りたくなる」のかもしれないけれど、と首を振る。

 今はまだ世界を、視界を、広げたい。

 自分の手がどこまで届くものか――知りたい。

 すべての感情の中で好奇心が一等勝る白蓮は、いつもと同じ結論に辿り着きつつもふと思った。

 あの誠実で真面目で、少し融通の利かない、でもとても優しい幼馴染。

 晴臣は誰に恋をするのか――そう敢えて考えるなら、現時点でその心が向いているのは自分だろう。それは単なる事実として、白蓮が把握していることだった。



「それは絶対白蓮のこと好きじゃん!」

「…………」

 放課後の教室で、白蓮は強烈なデジャヴについぽかんとした。

 発言の主は高校に入って最初に出来た友人、瀧上あかりだ。

「なんでそうなるの?」

 白蓮と気が合っただけあり、明るく物怖じしないタイプ。ショートカットも大きな猫目も人目を惹く、元気闊達な女子高生でもある。

 しかしその興味の対象は、多くのクラスメイトがそうであるように主に恋愛事であって――その勢いは京香に負けず劣らずなのだった。

「普通そうなるよ!」

「えー! だって今のは、あかりが私のバイト先にイケメンがいないかって言うから話したんだよ! そういう話じゃないじゃん!」

「白蓮だってその人をイケメンだって思ってるってことでしょ! 友達の好きな人取ったりしないよ」

 あかりのあまりにもな話の飛び方に白蓮は目眩がした。悪意のない友人の真っ直ぐな視線に、自分がいつもやっていることの罪深さを思い知る――というほどでもないが、彼女は一歩後退った。

 あの不思議な青年の顔は、今この瞬間でもやっぱり明瞭には思い出せない。話題にしながらも違和感が拭えていない白蓮が引いた一歩を、あかりはさらに踏み込んだ。

 目が輝いている。

「バイト先で会う。常連さん。いつも白蓮のほうを見てる。イケメン。運命だよ。これはもう、運命の恋だね!」

「何が?」

 白蓮はあかりが意味もなく差し出してくる手を勢いに負けて取りつつ、時計のほうへ視線を移した。この場を離れるための理由を話すためだ。

「あ。あかり、私今日、この後習い事だから」

「習い事? だって、バイトしてるんじゃないの」

「バイトは週二。今日のは月一でできるやつで、今日初めて行ってみるの」

 明るく答えた白蓮にあかりは目を丸くした。白蓮が活動的な少女であることはとっくに知っているけれど、よくそんな行動力があるものだと感心したのだ。

「へえ――習い事って、何?」

「『霊感体験スピリチュアルスクール』! 初回はなんと五百円なんだって」

「ちょっと待ちなさい!」

 あかりはつい叫んだ。

 白蓮は、頭の出来は大変に良くてどちらかといえばツッコミ役だ。それなのに時々信じられないような行動をする。

「わ、私、行かなきゃなんだけど……」

「絶対ダメだよそんなの! 詐欺だよ!」

「詐欺!?」

 心底驚いたような顔をする白蓮に、あかりは危機感のなさを叱ろうとしながら吹き出してしまう――彼女はあかりにとって、大切な友人ながらも訳の分からない存在なのだった。

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