それから暫く、ようやく一人になった白蓮は道の端で静かに溜息を吐いた。あかりの決死の説得に納得した振りをし、落ち着かせ、撒くのに精神力を使ったのだ。
(大丈夫なんだけどなあ)
白蓮は先日駅前で貰ったチラシを鞄から取り出し、もう一度眺める。そこには分かりやすいフォントを追及した結果、とても怪しくなってしまったカラフルな文字が踊っていた。
見道ミスティックアカデミー。
確かに、白蓮でなければ指を指して爆笑したくなるような名前だろうが――彼女は、これがそこらの紛い物ではないことを知っている。
見道家。篁の分家の一つである。
時代の流れと共に、商業とビジネスに舵を切った家だと聞いている。商売相手は限られるとはいえ、仮にも「本物」のいる家だ――占い稼業やこうしたスクールの運営でそこそこ成功しているのだという。
彼らが篁の名前を売り文句にしないのは、言うまでもなく本家との関係性が微妙だからだ。
(でも、能力には関係のないことだし)
陰陽師の名家から分かれ、睨まれながらもスピリチュアルビジネスをしているなんて「面白すぎる」――それが彼女の感覚。
白蓮は誰に断る必要もなく放課後にここへ来られる自分の年齢に改めて感謝し、スクールが開催されるビルを見上げた。
――どこから入るんだ?
少なくとも華の女子高生が来るようなビルではない。白蓮は辺りをうろうろし、ビルの反対側に回ってやっと入り口を見つけた。なんともセキュリティの残念なガラス扉はどことなく曇っていて、その向こうにエレベーターがある。
若干乗るのが不安だが、たぶん大丈夫だろう。薄暗い階段よりずっといい。そう思って白蓮がエレベーターに乗り込んだとき、彼女の視界に影が入った。彼女がたった数十秒前に開けたガラス扉が再び開いたのだ。
スクールに参加する人なんだな、と白蓮は思った。「開」ボタンを反射で押して、きっと謝りながら乗ってくるであろうその人に笑顔を向けようとした。
そこで彼女は流石に固まる。
向こうも固まったように見えた。
「お……」
お客さん、と一瞬迷った。だって名前を知らないのだ。いやでもそれはおかしいだろうと思い、彼女は結局いつも勝手に呼んでいるように彼を呼んだ。
「お兄さん!」
もちろん彼女のお兄さんではない。
戸惑っているうちに扉が閉まる。会うなり二人きりの空間でぽかんと向き合うことになったその人は、紛れもなくいつも新作カレーを頼んでくれるあの青年だった。
彼は白蓮の驚愕ぶりが面白かったのか、彼女ほどの動揺を見せることはなく、――少しの間の後、やはりいつものように薄く微笑む。
運命の恋。そんな馬鹿げた戯言が、なぜか白蓮の頭の中に思い出された。