目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第56話

(いやいや)

 白蓮は自分が連想した言葉に自分でがっかりした。こんな幽霊でも出そうなエレベーターで二人になったって、何が運命だ。

 そういう少女らしい感性も持っているのだ。

 という訳で白蓮はそれ以上動揺するでもなく、この偶然を存分に活用することに決めた。ぱっと顔を上げ、「彼」へ声を掛ける。

 幸い、とても話しかけやすい雰囲気だ。

「あの! 私のこと、分かりますか?」

 店ではもちろん個人的な会話をしたことなどなく、話題にできることもない。体当たりの質問は不審がられてもおかしくなかったが、彼女の求める答えが返ってきたことは幸運だった。

「ええ。スパイス・ラサのお嬢さん」

 改めて聞く彼の声は涼やかなものだった。白蓮は友好的な返事に大きく頷いた。

「正解です! 篁白蓮といいます!」

 ――仮にもかなり特異な身である彼女がサクサクと本名を明かす姿は、晴臣が知ったら激怒しそうな光景だ。

 だが普通の人間が篁分家の娘のことなど詳しく知っているはずもなく、青年は特段変わった反応をしなかった。

 すごい偶然ですねと続けた白蓮へ頷くだけの仕草も、妙に品がある。不思議な空気感が二人を包んでいた。

「お兄さんのお名前は?」

「……私は――」

 青年はエレベーターの扉が開くのを見て言葉を打ち止めた。差し込んできた照明がやけに眩しく、二人はそれに流されるようにエレベーターを降りる。目の前にあるのはマンションの一室のような入り口だ――扉は開かれており、カウンターについた女性が二人の方を見た。

「こんにちは! こちらでお名前をお書きください。その後は空いている席でお待ちくださいね」

 青年は白蓮の方をちらりと見て、少し迷うようにした。白蓮はぱっと順番を譲りながらも、声を掛けるのを忘れない。

「せっかくですし、一緒に参加しましょう! いいですか?」

 勢いに任せた言葉に、青年は小さく笑う。上品な立ち居振る舞いは朔也や黎明に通じるものがある気がしたが、それとも少し違う。

 なんだろう、と白蓮は違和感を覚えて首を傾げる。

 何かが違う。まだその違和感の正体がわからないまま彼女は青年についていき、彼がカウンターに広げられたノートに記名するのを覗き込んだ。

 雁屋真。

「……まことさん?」

 青年は白蓮を静かに見下ろした。好奇心に満ちた少女を見つめるのは色素が薄く、感情を露わにしない――まるで水面のような瞳。

「シン、と」

「真さん!」

 格好良い読みをするんだな、と白蓮は目を輝かせた。同じく名前を書き終えた彼女の前に差し出された手が自然すぎて、つい彼女はそのエスコートを受けた。

 中は意外と広く、そして人も集まっていた。

 それこそ何処ぞの教室のように並べられた机と椅子。幅広い年齢層の先客たちが思い思いの席についている。

「席が選べるようですよ。どこにしますか?」

「じゃあ、一番前の真ん中で!」

 人がそこそこいるにもかかわらずガラ空きになっているエリア。躊躇なく言った白蓮に、青年――真は苦笑しながら付き合ってくれた。

 一番目立つ席に美青年と女子高生。あまりに異色すぎる組み合わせは善良なるスピリチュアル愛好家たちをざわつかせたが、白蓮にそんなことに構う暇はない。

 まだスクールの開始まで少し時間があることを確認した白蓮は早速ぐわんと横を向く。

「真さんは、どうしてこれに参加を? 私はこのチラシを貰ってなんですけど、真さんもですか」

 真は白蓮がひらひらとさせるチラシを一瞥し、「ええ」と頷いた。なんとも大人な仕草に白蓮は尊敬に近い念を持ちつつ身を乗り出す。

「すっごくクールな感じなのに、意外ですね!」

「そんなことはありませんよ。面白そうでしょう?」

 真の声はどこまでも凪いではいるけれど、面白そう――と言った時にはわずかに無邪気な色が覗いた。その表情に白蓮は目を輝かせる。物静かな人ではあるけれど、自分に似た好奇心も持っていることがわかったからだ。

「分かります! 私、オーラを見てもらいたくて。前世とかも分かったりするらしいですよ!」

「前世」

 チラシを振り回す白蓮は子供じみたことこの上なかったが、真はこんな時にこそ微笑みを向けてもよさそうなのに――妙に落ち着いた口調で彼女の言葉を繰り返した。

 前世。

「面白そうですが。前世を知ってどうするんです?」

 真の静かな問い掛け方の重みは、白蓮には響かなかった。彼女は思ったままに即答する。

「友達に話して盛り上がります!」

「……」

 その時の彼の表情。

(あ、また)

『観察』――されている。

 自分に向けられる視線に、白蓮はなんとなく落ち着かない気分になった。彼女を笑うでも遠巻きにするでもなく、彼はただ白蓮の目の前にいる。

 彼女が何を言うか、面白そうに眺めている。

「それは何とも、可愛いですね」

 涼しげな声には、いつしか甘やかさが混ざっていた。

 晴臣も朔也も、直接白蓮にそんなことを言ったりはしない。

 白蓮は驚きから目を丸くし、やがて「えー」、と困ったように笑った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?