白蓮は、見道ミスティックスクールについて父から何か言われたことはない。
関わるなと言われるほど異端視されている訳ではないのだ。いつかの桐原黎明――今や当時のことは「反抗期」などと揶揄されている――の方が、よほど問題にされていた。
その理由には、もう彼女は一人で辿り着ける。
何も難しいことはない。見道家は本家との繋がりを絶っていない、ただそれだけのことだ。
本家の権力の強さは相変わらずだ。所謂「食べていく」ためにスピリチュアルビジネスをしていても、見道家からは本家付きも出ており――街を守るための巡回任務にもしっかりと人を送っている。
本家に逆らわなければ排斥されない。なんだかなあ、と白蓮が思う篁の性質のひとつだ。
本家は、というか高嗣はプライドが高すぎる。見道家のビジネスに口を出したり潰そうとしたりすることはかえって彼のプライドが許さないらしい。
だから白蓮は「本家付き」の見道家の人間のことなら知っているし、仲も良い。だけれどビジネスの方に時間と役割を割いている陰陽師のことはまだ知らなかった。
それをやっと、直接訪ねられるようになったのだ。
(受付では何も言われなかったなあ)
入り口のカウンターにいた女性はアルバイトか何かなのだろう。堂々と書かれた『篁』の名前を、彼女は通常の参加者のそれと同じように処理していた。
(講師の人が、陰陽師?)
真ととりとめのない話をしているうちに、ふと周りが静まり返った。一人の男性が部屋に入ってきたのだ。やがて静寂からわっと拍手が起こる。
初めて見る男性だった。年は三十代前半くらいだろうか――いや、違うかもしれない。黒々とした丸サングラスで顔が見えないのだ。
しかし何より白蓮の目を引いたのはそのファッションだった。
肩に掛かるのは紫と金の刺繍入りの羽織、首元には謎の羽根、耳にはまたしても金のイヤリング。肩まで伸ばしたグレーの髪には金色のメッシュが走っている。
両手にはごつごつとした指輪がいくつも光り、手首を覆うように重ねられた数珠とブレスレットは彼が一歩を行くたびにじゃらじゃらと鳴った。
そんな足元には民族調のサンダル。どう考えても普通ではない。あかりが言っていた「詐欺」という言葉が白蓮の頭にポンと浮かぶ。
「みなさーん! イェーイ! 見道ミスティックスクールで、今日はみなさんの常識を塗り替えましょう!」
神秘的なそぶりをするというわけでもなしに、サングラス男はテンション高く言うと共に拳を振り上げた。完全に業界人の挙動である。
こっちの方向性かと白蓮は驚嘆した。これでいいのか見道家、とも確かに思った。しかし数秒もかからないうちに彼女の持ち前の好奇心が頭を擡げる。
無垢な瞳はぱっと輝く。
(でも、確かに……なんか、本物っぽい!)
加えて白蓮の感動を後押ししたのは、同じスクールの参加者たちだった。彼に対して明らかに「声援」を送る者がいるのだ。彼に合わせて自ら拳を上げる者までいる。
所謂ファンなのだろうか。どんな人間がここに集まっているか知らないけれども、この実に怪しい講師に向けられた反応は白蓮の予想よりもはるかに好意的だった――スピリチュアル界隈での人気や知名度は彼女の想定以上にあるのかもしれない。
白蓮が面白そうに周りの様子を見ているうちにも、スクールの説明は続く。
「人間はみなそれぞれ固有のオーラを持っています。私ほどの者になれば、なんと前世を視ることも可能なのですよ!」
私ほどの者、ということは――白蓮が眺めていると、彼はついに「見道清弦」と名乗った。ビジュアルから派手な芸名を期待していた白蓮は、なんだ普通の名前かとついがっかりする。
でも、見道の陰陽師だ。
最前列の真ん前に座る白蓮のことは当然清弦の視界にも入っているはずなのだが、篁の娘と気付いた様子はない。
どうやら相当のエンターテイナー気質。話振りも堂に入ったものなので、白蓮の顔にまで気が回らないのかもしれなかったが……。
(本家でも会ったことないもんなあ、この人)
清弦の顔は、白蓮にも見覚えがなかった。
彼女がどうしようか、と考えながら霊感についての基本的な説明を聞いていると、清弦が「さあ!」と一際声を張り上げた。
「とはいえまずは、目にすることです。大いなる力を感じることで、みなさんも所謂霊感を身に付けることができるかもしれません! どなたか、オーラを見て欲しいという方は!」
「はーい! 見て欲しいでーす!」
白蓮は真っ先に大声で答えた。きっとこの場には心から清弦を尊敬するスピリチュアル愛好家が大勢いるのだろうけれど、白蓮は見た限り会場にただ一人の女子高生である自分が圧倒的に有利であることを理解していた。
実に悲しい有利だった。
「おっ! 元気のいいお嬢さん――」
ロケットスタートを決めた白蓮に、清弦はようやくピントを合わせた。流石に女子高生が一人で参加してくるのは珍しいようで、彼は必然彼女の隣を見た。保護者と一緒なのかと。
白蓮と明らかに「連れ」でいるのは、隣にいる真である。流れるように視線を向けたその先で、一瞬。
「……?」
白蓮は見逃さなかった。清弦は一瞬、確かに物言いたげな目をした。その視線が彷徨い、逸らされるのを。
真を見て。
(なに?)
「――お嬢さん! さあ、では前に出てきてください!」
違和感はほんのわずかに齎されただけだった。巻き起こった拍手に白蓮は立ち上がらざるを得なかったし、今何を考えていたのですかと問える空気でもない。
最初に選ばれた白蓮のことを、真はやっぱり愉快さをたたえた目で見守っている。これでは仕方ない。
(まあ、とりあえずオーラを見てもらおう)
オーラなんて言葉と陰陽師が相容れるとは、白蓮には到底思えない。何か違う現象を分かりやすく説明しているのだろうなと思いながら、彼女は明るい笑顔で応じた。