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第58話

「お嬢さん、お名前は?」

「白蓮です!」

 元気に即答することで名字を伏せる小細工を、清弦は疑わなかった。素敵な名前ですねと芝居がかったふうに言い、「では」と頷く。

「白蓮さんは――」

 指輪に飾られた大きな手が白蓮の前にすっと翳された。

「――とても明るいオーラですね。色で言えば白。ですが何かに染まると言うふうでもない。むしろあなたが全てを呑み込めるような強さがありますよ」

「呑み込める?」

「ええ。要はですね、人を動かす力があるということです。これは経営者なんかに向いている人に見られるオーラなんですよ。もしかして将来は社長かもしれませんね!」

(……すっごい、商業寄りだ……!)

 とりあえず白蓮はえーすごいと喜んでみせる。清弦の促しによって会場は笑いと温かな拍手に包まれ、彼女の「オーラ診断」は簡単に終わりを告げてしまった。

 まったく大したことは言われていないのだが、このくらいで前座としては充分なのだろう。白蓮はなんとなく拍子抜けした気持ちで席に戻って――それから気付く。

「さて、こんな風にオーラは見て取れるものですが、そこから私は前世を見たり――あなた方の奥底にあるものを見通すことも出来るのです。さて、他に見てもらいたいという方はいらっしゃいませんか」

 清弦は白蓮をもう見ていない。白蓮と、その隣にいる真も彼の視線から外れているようだ。

 明るい声、そして今度こそと群がる参加者たち。その中に白蓮が加わることは許されないような雰囲気。

 白蓮がいたのは最前列のど真ん中だ。彼女が名乗りを上げなくても当てやすい位置。それに、先程清弦が真を見た時の視線が彼女にはどうにも引っかかる。

(――もしかして、避けられた?)


 その後の清弦の「診断」は圧倒的だった。

 最初に清弦に指名された女性は、前世で雷に打たれて亡くなったと告げられ――その後に自らの異常なまでの雷恐怖症を打ち明けた。

 また別の者は、来世も一緒にと誓った女性がいたとしてその特徴を告げられ、それが今の妻とすべて重なると驚嘆して涙ぐむ。

 白蓮はやっぱりどこか娯楽性の強い診断だと思いつつ、受講者たちが熱気を帯びていくのを面白く観察していた。診断が当たっているというのもそうだが、この熱狂を生んでいるのは清弦の上手い語り口だということも、側から見ている彼女には理解できるところ。

 陰陽師にも色々なタイプがいる。彼が何を「視て」いるか彼女には分からないが、これほど人を魅了できるというだけで立派な天才だと彼女には思えた。


「真さんは立候補しないんですか?」

 白蓮は相手にされない手持ち無沙汰から、再び隣に座っている真を見た。彼も白蓮と同じく面白そうに周囲を観察していたようだが、彼女の言葉に振り返る。

「みなさん当たっているみたいじゃありませんか。なんだか聞くのが怖いような気がしてしまって」

 静かに笑う姿は大人の余裕に満ち、輪には加わりそうにない。とはいえ白蓮は彼が「面白そう」と言っていたことを思い出してなんだか勿体無いような気になった。

 みんなの勢いに遠慮してるのかな。そう思った白蓮は、次に拍手喝采が起きたタイミングで再び手を挙げた。

「あのー! 先生!」

 たった一人の女子高生。視線を集めるのは簡単だった――視線が集まるということは、自分の言葉を聞いてもらえるということだ。もちろん向けられた視線を誘導することだってたやすい。

 白蓮が両手でぱっと示した美しい青年のことを、そのとき誰もが見た。

「この人は私の保護者じゃなくって、ちゃんと先生のファンなんです。さっきは私が邪魔したみたいになっちゃって――だから、あの、前世を見てあげてほしいんです!」

 敢えて、清弦の名を呼んで真っ直ぐに見た。

 今度はそちらに視線が集まるように。

 スピリチュアル愛好家たちは、女子高生のどこか幼稚で素朴な言い振りに眉を顰めるほど狭量ではなかった。

「……そうなんだね? それは失礼しました! ええ――もちろん見ましょうとも、お兄さん。そうだ、ええ、お名前は何とおっしゃったかな」

 真は少し困ったように白蓮を見た。とはいえにっこりと笑顔を返されては特に文句もないらしく静かに立ち上がる。その仕草さえも優美で、その場にいた者たちはつい吸い寄せられるように彼の足取りを目で追う。

 ――これだけ皆を熱狂させた後だ、的外れなことは言えなくなっているはず。清弦は彼に頷いてもらえるくらいの、『視たもの』を話さないといけない。

 真を見て何を思ったのか。何かに気付いたのか。直接尋ねることができない雰囲気なら、その雰囲気ごと清弦に打ち返すしかない。白蓮の思考回路は実にシンプルだった。

(ああ、楽しみだなあ!)

 白蓮は身を乗り出す。講師の一言一句を聞き逃すまいと目を輝かせる彼女の姿は、興味本位で参加した一傍観者以外の何物にも見えないのだった。

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