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第59話

 篁分家、見道。

 陰陽術の分野としては、霊視と占いに秀でる。彼らの占いは災いを予見するなどして古より重宝されたが、戦闘能力に欠けていた分異質なものと見られることもあった。

 ――災いを知っても、自分達で防ぐことが叶うわけではない。分家の中で一番にはなれない。

 いつしか得た自覚が彼らを駆り立てた。

 先代たちの慧眼により、ある時から陰陽術を応用した占いをビジネス化。時間と共にエンタメ要素を増しながら、一部の民間人達を相手にした商売が成り立つようになっていった。

 確実に生きていくため本来の目的でないことに力を使う様は、本家からも圧力にも似た声掛けを受けた。

 とはいえ忠実な一分家である見道が潰されることまではない。見道は本家に求められる能力や人材は提供しつつ、地に足のついた一族として生きていくことを選んだのだ。

 そうした気風のせいか、見道には合理的で理性の強い者が多い。そして彼らは基本的に争いを好まず、火種を避けて通り、厄介事には関わりたがらない。

 確かな能力を備えた天才であっても、例外ではない。


 *


「雁屋さんは――」


 清弦は営業スマイルをその妖に向けた。


「――とても珍しいオーラをお持ちです! この私でもあまり見た例がありませんよ!」

「おや」

 清弦の言葉に、真は美しい微笑みを返した。相対する清弦はその水面のような視線に僅かにたじろぐ。真の視線はどこまでも凪いでいて、確かにそこにいるのに誰のことも見ていないようだ。

「私の前世が分かりますか?」

 静かな声が、それでも挑発的なもののように清弦には感じられた。

 清弦は、「見道清弦」はあくまで笑顔を彼に向ける。

「それが、靄がかかったように見えるのです。とても貴重ではありますが、ごくまれに起こりうることでしてね」

「といいますと」

「この世には、『人ならざるもの』が存在します。いわゆる『妖』、『妖怪』ですな。やつらはもちろん異形をとるものが大半ですが、中には……人に紛れて生活するものもあるとか!」

 大仰な身振りと共に腕を広げた清弦を見て、わずかにどよめきが起こった。人間離れした容姿を持つ真にも視線が集まり、当の本人はほんのわずか眉を下げるだけ。

「私が『そう』だと?」

 観察していた受講者たちの顔色に不安の色が強まる。そろそろ頃合いだな、と判断して清弦はひときわ明るい声を上げる。

「まさか! 妖がスピリチュアル入門など、おかしな話です。そうでしょう、皆さん!」

 その力強い声に、今度は笑い声が起きた。緊迫しかけた空気が一気に緩む。

「雁屋さん、ご安心ください。昔に祖先が妖と親しく関わった場合などに、子孫もその霊力の影響を受けることがあるのですよ――相手がそれと知らずともね。妖は全てが悪という訳ではないのです。あなたのご先祖さまは幸運なかただった!」

 清弦が示した知見に、聞き手たちからは畏れともとれる嘆息が漏れた。最前列のど真ん中に座る少女など、それはあまりにもと思うくらい目を輝かせている。

「なるほど。今度、父に心当たりを聞いてみるとしましょう」

 真はゆっくりと頷き、穏やかな反応を見せた。口元に手をやる姿は実に優雅で、また何人かが視線を奪われる。

「お父上か、さらなるご祖先か。なにか面白い発見があるかもしれませんよ!」

 自然と拍手に包まれる会場。特段真実を言い当てた訳ではないが、どうやら上手くまとまったような雰囲気になった。

 話を終わらせて問題ないだろうと思い、清弦は特に言い返すつもりもなさそうな青年と最後に目を合わせた。

「こんなところで、いかがでしょうかね?」

 祈りのような気持ちを込めて。

(このくらいにしてくれよ)

 清弦は、見道家の中心人物という訳ではない。ただ一族の人間というだけにすぎないが、霊視の素養は高かった。人ならざるもの、つまりは妖を看破する力だって当然備わっている。彼の目には昔から、人とその姿を取って生きる妖を判別することができた。

 ――図録に載る名の知れた妖怪どもとは別に、日々の人の怨念や思念から発生する妖というものが存在する。種別として括れるようなものではない。彼らは存在理由や存在意義がそれぞれ異なり、人間に紛れて生活する。

 目の前の青年も、そうだ。

 見るのは初めてではない。清弦は過去に「何体も」こうしたものを見たことがある。妖なのだから滅そうと思えば清弦にもそれができるわけだが、彼にはそんな面倒は御免だった。

 暴れ回っている訳じゃない。

 争おうという意志も感じない。

 よくある、浮遊霊のようなものだ――悪さをする訳ではない。ただそこにいるだけだ。

 清弦はなまじ見慣れているぶん、雁屋真もそういうものとして見た。

「視た」。

 仕方のないことだった。こんなスピリチュアル教室にわざわざやってくるような平和呆けした妖が敵であるはずがないし――かつて彼に牙を剥いてきた妖が見せた、あるいは隠し持っていたような害意は確かに一片たりとも感じられなかったのだから。

 興味本位の冷やかしにむしろ目溢しを与えてやるような気持ちで、清弦は微笑み掛けた。真もそれに応じた。

 涼やかに。

「大変興味深かったです。ありがとうございました」

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