(うわー!)
二人のやりとりをこの上なくはしゃぎながら聞いたのが最前列ど真ん中の女子高生。
言うまでもなく、白蓮である。
(なに! なんなの?)
最前列の席を選んだのは決して間違ってはいなかった。向き合う二人を穴が開かんばかりに凝視していた白蓮には、そこに妙な言外のやりとりが存在していることが分かったのだ。
内容や意味まではもちろん読み取れない。
側から見ているだけでは、清弦のファンの青年が変わったオーラを持っていた――そんな診断に皆が驚いて、でも貴重なものが見られたかもと思い直す。それだけの実に和やかな空気のまま彼らの対面は終わった。
だが、彼女はそれでは満足しない。
なにか隠しているでしょうと大声で指摘するほど空気が読めない訳ではなかったが、このとき白蓮の中では真への興味が一気に高まっていた。
二人が何を話したか。あの陰陽師が何を見たのか知りたい。いつものように芽を出した好奇心を大切に抱えて顔を上げた時、真もまた戻ってきながら白蓮のことを見ていた。目が合う。
早速次の相談者が募られる中、白蓮は明るい笑顔で彼に話し掛けてみることにした。
「真さん、ちょっと妙な空気じゃありませんでしたか? なにか秘密があるなら教えてください!」
特に気を遣わず尋ねた白蓮に、真は苦笑して首を傾げた。
「気になりますか」
「はい! とっても!」
「一人の女性として、この私に興味があると」
「はい! とっても! え?」
「それはそれは」
ありがたいですね、と言われて話を流されたことに気付く。一気に不満そうな顔をした白蓮をフォローするように掛けられたのは、その無邪気な笑顔を風が撫でるような声だった。
――では、追々に。
柔らかな響きに滲む余裕は少女の野次馬心を躱すには充分で、白蓮はまだ彼の誤魔化しに対応する力がなかった。なので彼女はわずかに呆気に取られた後、まあそうか、と思った。
彼はバイト先のカレー屋に来ていた常連というだけで、名前も今日初めて知ったレベルだ。白蓮はもちろん異常なまでの知識欲と好奇心の持ち主だが、時間を掛けて人との関係性を築くことの大切さもよく知っている。
これでも、即物的なほうではないのだ。
(追々、かあ。確かにね)
この物静かな青年に捉え所がなく、一筋縄ではいかなさそうなことには間違いがない。幸い趣味は合うようだから、これからも定期的にスクールに顔を出して仲良くなっていければいい――白蓮が少し大人になって結論付けた頃、清弦の講義は終わった。
何人もの受講者を「占って」みせた清弦の講義は、その演出力や語りの巧さもあって万雷の拍手を受けた。この場にはきっと面白半分で来た者もいたはずだが、白蓮がつい見回した限りではみんな曇りなき賞賛を向けているように見える。
そんな受講者たちの声援に応えた後、清弦は大きく両手を広げてみせた。
「――さて皆さん、今回の霊感体験はいかがでしたか? 私のような本物の力に触れ、さらに指導を受けることであなたの才能も開花するかもしれません。今日、新たなる世界へ一歩を踏み出したいという方はぜひわれわれの同志になりましょう!」
「同志?」
「これでしょうね」
真が白蓮の持っていたチラシの端を軽く指で示す。そこには「宵闇会、新規会員求む!」という文字が躍っていて、白蓮はあまりの怪しさに当時見なかったことにした自分を思い出した。
「よ、宵闇会……」
引いている白蓮を他所に、清弦の明るい呼び掛けは続く。
「本来なら入会金は二十万円、そして月会費が五万円。プレミアム会員なら月七万円。ただし本日参加された皆様はラッキーですよ。なんと――本日入会を決めてくださった方は、入会金を無料としましょう!」
一拍置いて。
「えー!」
あてられた受講者の歓声に紛れて白蓮は叫んだ。
もちろんお得だからではない。
なんという水物商売。二十万がポンと無料になる意味不明さに眩暈を起こしている白蓮は確かに所謂「お嬢様」ではあるが、別に自由になる金銭が特段多い訳ではない。
月会費だという五万円だって彼女には重すぎる。
清弦はプレミアム会員と通常会員の違いがどうたらこうたらと語っており、真も白蓮に何か声を掛けたが――もう彼女の耳には入っていない。
追々とか言っている場合ではない。これではスクールに参加できない。お小遣い事情に鑑み、彼女には悠長にしていられる時間などないのだった。
(なんとかしなきゃ)
(なんとか――別の方法で、二人が隠したことを知らなきゃ!)
力強く誓う白蓮。熱狂する大人たちに隠れた一人の女子高生の決意は、それは悲壮なものだった。