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第64話

 聞きたいことが聞けてからも近況報告で盛り上がった白蓮は、悠々と帰宅して両親に叱られた。あまり新婚家庭に出入りするなと――ごもっともである。

 とはいえ両親も結局は律己たちの様子を聞きたがったので、白蓮はおおいに彼らの期待に応えた。声の明るさと豊富なエピソードが幸いし、場は平和に収まった。

 収まらなかったのは、だから、その後だ。

「白蓮」

 両親たちとさんざん盛り上がった後で彼女の部屋を訪ねてきたのは、長姉の千景だった。白蓮をさらに大人っぽく――そして冷たく整えたような美貌。

 当主高嗣にも認知されるその才能は、未だ本家付きとはならずとも充分なものだ。白蓮は自分が数年経ったところでこんな女性になれるとはまったく思えないでいる。

「千景姉さま。どうされましたか?」

 まして、彼女がこの数年のうちに持つようになった、厳しく堅い雰囲気を見ていては。

「千鶴さんと会ってきたの?」

「はい! 兄様にも会えました。お二人とも、すっごく幸せそうでした!」

「……」

 千景は白蓮の答えに表情を変えない――いや、いくらか不機嫌になったように白蓮には見えた。

「楽しかった?」

 どこか、声もぎこちない。

「はい! 千鶴姉さまは料理もお上手なんですよ。兄様が嬉しそうにしていて、いいなぁって」

「そう……」

 いつものことだ、と白蓮は思う。

 千鶴と千景は、白蓮が幼い頃には仲が良かった。

 その理由は単純なものだ。年も近く、名前も似ていた。何より――その真面目で不器用なところは、同じと言ってよかった。

 加えて、白蓮という存在へのそこはかとない違和感も共通していた。だからこそ彼女たちは親しくなったのだが、千鶴のほうがその「違和感」を失った。

(それだけじゃない)

 千鶴は本家の冷遇からも抜け出した。律己が本家と距離を取らせているので、今の千鶴は心穏やかな日々を送っている。

 彼女が抜けた穴。

 穴。

 空いた穴には、当然、補充が必要になる。

 律己が実質的な「本家付き」になったこともあって、千景の本家入りは見送られた。だがその真面目さゆえ高嗣へ定期的に挨拶に行っていた千景は、必然的に――高嗣が元々千鶴に投げていたような仕事を放られるようになった。

 高嗣にも、二人は似て見えたのだろう。

 同じ扱い。

 才能の程度も――結果として二人は、同じくらいだったのだ。

「それが、どうかされましたか?」

 白蓮は明るく聞く。千景は少しだけ苛立ちを滲ませて、妹に向き合った。

「ううん……あの二人はいいなって思っただけよ」

 明らかな嫌味の気配に、白蓮は困ったように首を傾げる。千景は言葉を止められない。

「私、本家付きじゃないのよ。それなのに妙な仕事ばかりあって……でも、待遇がよくなったわけでもないわ。千鶴さんが……」

 千景はそこで流石に言葉を噤んだが、白蓮には失われた言葉の予測がつく。

「千鶴さんが投げ出した仕事なのに」――だ。

 本家の権力、高嗣の威光にあてられたもの特有の雰囲気のまずさが、いつの間にか千景の声の端々に宿っている。

「……白蓮も、あまり遅くまで出歩くのはやめなさい。あなたは陰陽術が使えないんだから。分かっているでしょう?」

 やがて千景はそんな風に話を逸らす。

 ずっと白蓮を守ってきてくれた彼女も、この頃となっては白蓮があちこち活動的に動き回るのをあまり良しとしなくなっていた。

「はい」

 白蓮は、刺々しい言い方にも逆らわずに頷く。

「いくら晴臣様と親しくたって、陰陽師としてどうこうなる訳ではないわ。気をつけて生活して」

「はい、姉さま。ごめんなさい」

 素直に謝ってみても、千景は厳しい表情でひとつ頷くだけだった。その後も姉らしく二、三の注意をしてから去ってゆく千景の背中を見て、白蓮はわずかに首を傾げる。

 ――この数年で変わったものがある、と。

 最初は、千鶴が白蓮を怪訝そうに見ていた。良く思われていないことは明らかだった。

 そんな視線から彼女を守ろうとしたのが千景だ。戸惑いながらも才能のない白蓮のことを気に掛け、妹が生きやすいように助けてきた。

 姉として。

 それが数年待ってみればどうだ。

 昔は冷たい視線を向けてきた人でも、今は彼女を身内と認めて大切にしてくれる存在に変わった。

 昔は守ってくれた人でも、白蓮が自分らしく生きていくことに眉を顰めるようになった。

(余裕を取り戻したものと――余裕をなくしたもの)

 違う世界に分かれて入れ替わったようだ。

 似たような人のはずだった。

 それが、こんなにも変わる。

(環境次第で)

 白蓮は笑う。傷ついた様子も、悲しげな様子もなく――何かを、考えている。

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