ショートケーキカレーをあっさり完食して真が去ってからも、白蓮はよく働いた。
夕方になって一気に客足が増えたのだ。元々器用で覚えもいい白蓮は慣れた調子で接客をこなし、まだまだ混雑する中でシフト終わりの時間を迎えた。
午後七時。「スパイス・ラサ」にとってはちょうど繁忙のタイミングだが、律己の紹介でゆるゆると働いている白蓮はそんなことにも縛られない。
彼女が働きたい時に職業体験をさせてもらっているくらいの感覚だ――それにしては低時給でもくるくると動くので、「スパイス・ラサ」としても幸運なことのようだが。
優しいアルバイト先である。
「諒さん、じゃ、また明後日来ます」
「おー。帰り気をつけてな、白蓮ちゃん」
「はい!」
諒は散々白蓮を揶揄って父親にこっぴどく怒鳴られてからは、真のことを話題にしなくなった。
とはいえ諒はあの通りの気安さだから、明後日にはまた嬉々として揶揄ってくることだろう――さてその相手は、と思いながら白蓮が店を出ると、その視界にぱっと真が飛び込んできた。
(……目立つなあ)
店の正面の通り。ガードレールの手前で立っているだけなのに、真の立ち姿はドラマの撮影かなにかのようで様になっていた。
白蓮を見て、ふとその無機質な表情が緩む。
「真さん」
「お疲れ様でした。迎えに来ましたよ」
真に駆け寄る白蓮と、それに優しく声を掛ける真の姿はどこにでもいるカップルそのものだ。
「ありがとうございます。どこで話しましょうか」
「人に聞かれないところがいいでしょう?」
「えっ。それじゃ私、危ないじゃないですか」
――会話は物騒だったが。
正直な白蓮の言葉に真は苦笑し、「そうかもしれませんね」と言った。
「まあ、でも……篁の屋敷からは、離れたところがいいでしょうね。お互い」
そんな白蓮の言葉に真は頷く。
「それでは、丁度いいところがありますよ」
真がそう言うので、白蓮は大人しくついていくことにした。
いっそ無遠慮と言ってもいいくらい真っ直ぐな視線を受けながら、彼女への誠実さを示そうとでもするように真は人通りの多い道ばかり選ぶ。
やがて彼女が案内されたのは、とある大学だった。
存在は知っていたが、白蓮も入ったことのない場所。
「……美術大学?」
「通っているんです。ここなら学生は多いですが、篁の人間はまずいないでしょう」
「さすが真さん!」
白蓮はもちろん足を踏み入れたことのなかった構内に目を輝かせた。道行く学生たちはみなひどく大人びて見えるが、彼らは普通に白蓮たちとすれ違う。とりたてて注目されることもない。
「こんな、普通に入っていいものなんですね」
「見学とでも思われているのでしょう。一人一人確認される訳でもありません」
構内には平然とどこにでもありそうなカフェがあって、白蓮はまた驚く。大学がどんなものなのかまだよく知らない彼女にとって、何もかもが目新しい。
カフェには普通に女性店員がいて、メニューも実に普通だった。カウンターで注文して、自分で席を確保するタイプの店だ。満席というほどでもなく、良さそうな場所がいくつか空いている。
白蓮がアイスココアを嬉々として頼むと、ここの学生なのだろうか――その店員はにこにこと注文を受け入れてくれた。
真はというと普通にアイスコーヒーを頼んでいて、白蓮はちょっと拍子抜けする。真はぽかんとした表情の白蓮に微笑み掛け、二人分の会計を済ませた。
「あ」
「付き合わせているようなものですから、気にせず」
お小遣いが浮くのは大変な幸運だったので、白蓮はやったーなどと喜ぶ。店内は暇つぶしなのか二人連れ以上の学生たちが多く、適度な話し声が二人の会話を掻き消してくれそうだ。