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第67話

 結局、二人で端の席に着く。

「どうやってお金を稼いでいるんですか?」

「普通に生活しています。白蓮さんと同じですよ」

「ふぅん……」

 にこやかな笑みにいったん誤魔化されつつ頷いた白蓮へ、真は慣れた様子でアイスココアのカップを差し出した。

 ありがとうございます、と素直に受け取る白蓮。

「しかし、よく私が妖と分かりましたね」

「分かった訳じゃないんです。でも、真さんを診断したあの人……見道さんは、すごい人みたいなんですよ」

 明るい笑顔で語る白蓮に、

「なるほど。同胞を信じたという訳ですね」

「あ。それは違います」

 白蓮は真の言葉にひらひら手を振る。

 実にあっさりとした口調に、真は首を傾げる。

「おや。あなたは篁分家当主の娘さんでは?」

「そうですけど、陰陽師じゃないので。同胞とかではないです。はい」

 とっくに白蓮の素性は割れていた。感心しながらも、白蓮の瞳は真っ直ぐ青年を射抜いている。

「真さんだって、私のことを陰陽師だなんて思ってないですよね?」

「そうですね。先日の見道氏は私を『見逃してくださった』だけですが――あなたにはきっと、それも不可能でしょう」

 涼やかな瞳。

(妖怪にも、分かるんだ)

 白蓮は思わず笑顔になった。

 才能の多寡。自分の正体を見抜くことができるのか。自分を滅することができるのか? 妖怪にも、理解できるものなのだ。

 すごい。


(――すごい!)


「でも、じゃあどうして真さんは私に近付こうと思ってくれたんですか?」

 白蓮は喜びから身を乗り出す。カレー屋に通い、習い事の先でも出会う。向けられる視線に意味がないとは思えなかった。

 少女の疑問には、すぐに答えが与えられる。

「面白かったからですよ」

「え? 私がですか?」

 もちろん、と、頷かれて。

「篁は才能主義、実力主義のはずです。その本家を見ていると、あなたが週に何度も出入りしている。何の力も感じないあなたがです――それも実に楽しそうに」

 興味が湧くのは、当然のことだと思いませんか?

 緩やかに首を傾げて見つめられては、白蓮もにっこりと笑う。

「確かに、気になって当然です! 才能がなかったからこそ、私は真さんと知り合えたんですね」

 白蓮の笑顔には何の毒もない。篁本家を見ていたとまで言った真への警戒も、見定めてやろうという気概もない。

 彼女はただただ感動しているのだ――「妖」に。

 初めて相対して話す妖怪に。

 その妖に自分の言葉が通じる事実に。

 戦いとしてではなく――自分との間に穏やかな対話が許されている、奇跡的な状況に。

 こんなに素晴らしいことはない。思わず心からの感謝が彼女の口をついた。

「出会ってくれてありがとうございます!」

 真にも、彼女の言動が変わっていることくらいは分かる。白蓮のテンションが上がっているうちに、疑問を返しておくことにした。

「気になりませんか? 僕の目的や、敵かどうか」

「なりますけど、敵ではないと思いますよ」

 かわいらしい微笑みに何故と訊きかけて、真は黙った。

 ――陰陽師ではないから。

 ――篁の人間であっても、妖を滅することはないから。

「えっと、じゃあ。その目的っていうのは? 篁の陰陽師は毎夜の巡回任務で妖怪から人間を守ってます。やっぱり妖としては、篁を襲いたかったりするんでしょう?」

 朗らかな声は単純に疑問だから聞いているだけであって、何の恐れも非難の色も帯びていない。

 純粋な興味と、瞳の輝き。意志と希望。彼女に宿っているのは前向きな強い感情だけだ。

 そんな感情に、寄り添うように。


「……そういうことも、あるかもしれませんね」


 真は答え、少女を見た。彼女の表情が明るくなる。

 白蓮にとっては、大きな――大きな転機だ。日常をただ生きているだけでは決して得られない興奮。

 才能があったら、彼を見ただけで看破して滅してしまうようなご立派な「陰陽師」であったなら、なんと人生はつまらないことか!

「そうですよね――妖ですもの、そうですよね!」

 白蓮は心底嬉しそうに笑った。

「今すぐってことじゃあないでしょう、こんな回り道をしているんですから……それなら、真さん。ぜひ私と」

 魅了したのは、人か、人ならざるものか。

 友達になりましょう。

 そんな、いかにも軽い調子で――白蓮のほうから差し出した手を、青年の手が優しく取った。

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