結局、二人で端の席に着く。
「どうやってお金を稼いでいるんですか?」
「普通に生活しています。白蓮さんと同じですよ」
「ふぅん……」
にこやかな笑みにいったん誤魔化されつつ頷いた白蓮へ、真は慣れた様子でアイスココアのカップを差し出した。
ありがとうございます、と素直に受け取る白蓮。
「しかし、よく私が妖と分かりましたね」
「分かった訳じゃないんです。でも、真さんを診断したあの人……見道さんは、すごい人みたいなんですよ」
明るい笑顔で語る白蓮に、
「なるほど。同胞を信じたという訳ですね」
「あ。それは違います」
白蓮は真の言葉にひらひら手を振る。
実にあっさりとした口調に、真は首を傾げる。
「おや。あなたは篁分家当主の娘さんでは?」
「そうですけど、陰陽師じゃないので。同胞とかではないです。はい」
とっくに白蓮の素性は割れていた。感心しながらも、白蓮の瞳は真っ直ぐ青年を射抜いている。
「真さんだって、私のことを陰陽師だなんて思ってないですよね?」
「そうですね。先日の見道氏は私を『見逃してくださった』だけですが――あなたにはきっと、それも不可能でしょう」
涼やかな瞳。
(妖怪にも、分かるんだ)
白蓮は思わず笑顔になった。
才能の多寡。自分の正体を見抜くことができるのか。自分を滅することができるのか? 妖怪にも、理解できるものなのだ。
すごい。
(――すごい!)
「でも、じゃあどうして真さんは私に近付こうと思ってくれたんですか?」
白蓮は喜びから身を乗り出す。カレー屋に通い、習い事の先でも出会う。向けられる視線に意味がないとは思えなかった。
少女の疑問には、すぐに答えが与えられる。
「面白かったからですよ」
「え? 私がですか?」
もちろん、と、頷かれて。
「篁は才能主義、実力主義のはずです。その本家を見ていると、あなたが週に何度も出入りしている。何の力も感じないあなたがです――それも実に楽しそうに」
興味が湧くのは、当然のことだと思いませんか?
緩やかに首を傾げて見つめられては、白蓮もにっこりと笑う。
「確かに、気になって当然です! 才能がなかったからこそ、私は真さんと知り合えたんですね」
白蓮の笑顔には何の毒もない。篁本家を見ていたとまで言った真への警戒も、見定めてやろうという気概もない。
彼女はただただ感動しているのだ――「妖」に。
初めて相対して話す妖怪に。
その妖に自分の言葉が通じる事実に。
戦いとしてではなく――自分との間に穏やかな対話が許されている、奇跡的な状況に。
こんなに素晴らしいことはない。思わず心からの感謝が彼女の口をついた。
「出会ってくれてありがとうございます!」
真にも、彼女の言動が変わっていることくらいは分かる。白蓮のテンションが上がっているうちに、疑問を返しておくことにした。
「気になりませんか? 僕の目的や、敵かどうか」
「なりますけど、敵ではないと思いますよ」
かわいらしい微笑みに何故と訊きかけて、真は黙った。
――陰陽師ではないから。
――篁の人間であっても、妖を滅することはないから。
「えっと、じゃあ。その目的っていうのは? 篁の陰陽師は毎夜の巡回任務で妖怪から人間を守ってます。やっぱり妖としては、篁を襲いたかったりするんでしょう?」
朗らかな声は単純に疑問だから聞いているだけであって、何の恐れも非難の色も帯びていない。
純粋な興味と、瞳の輝き。意志と希望。彼女に宿っているのは前向きな強い感情だけだ。
そんな感情に、寄り添うように。
「……そういうことも、あるかもしれませんね」
真は答え、少女を見た。彼女の表情が明るくなる。
白蓮にとっては、大きな――大きな転機だ。日常をただ生きているだけでは決して得られない興奮。
才能があったら、彼を見ただけで看破して滅してしまうようなご立派な「陰陽師」であったなら、なんと人生はつまらないことか!
「そうですよね――妖ですもの、そうですよね!」
白蓮は心底嬉しそうに笑った。
「今すぐってことじゃあないでしょう、こんな回り道をしているんですから……それなら、真さん。ぜひ私と」
魅了したのは、人か、人ならざるものか。
友達になりましょう。
そんな、いかにも軽い調子で――白蓮のほうから差し出した手を、青年の手が優しく取った。