「うっわあ!」
背後の壁で、ドン、という鈍い音がする。振り返ると同時に、叩きつけられた水流の白い飛沫が視界いっぱいに散る。冷たさよりも、その正確無比な軌道に背筋がぞくりと震えた。
振り返った白蓮はそこに大きく色を変えた壁を見る。まるで高波がそのまま激突したように、塀は重く濡れていた。
感嘆のどよめきが再び起き、白蓮は得意げにしている璃々のもとへ駆け寄った。
「璃々ちゃん! すごい! 本当、天才だね」
「……」
素直な称賛には咄嗟に暴言を返すことができなかったようで、璃々の表情はみるみるなんとも言えない複雑なものに変わった。とはいえ、白蓮の言葉には何の偽りもない。
心からの感動に輝く瞳。
「や、やめてよ」
「そんなぁ。本当に思ってるよ!」
白蓮はとても口を出せずにいる周りの視線を受けつつ、屈み込んで少女と目を合わせた――花咲くような笑顔のまま、優しく語りかける。
「私の姉さまも水の術の使い手なんだよ。だからね、将来は璃々ちゃんも私の姉さまみたいになれるよ」
「え?」
「白蓮――」
真っ先に止めに入ったのが陽なのはさすがである。白蓮がぽかんとした顔で振り向くのと、璃々がふたたび癇癪を起こすのは同時だった。
「なにそれ! バカにしてるの!?」
「え」
「白蓮のお姉さんとなんか一緒にされたくない!」
白蓮は慌てて手を振る。子供でも理解できるよう語るため、璃々と丁寧に目を合わせた。
「ううん、一緒にしてるつもりなんてないよ。姉さまの『小さい頃』を見てるみたいだなーって言いたかったの。あの人は本当に凄い人だから」
「……!」
陽のもはや言葉にならない制止を受けて、白蓮はようやく一歩下がった。璃々はというと、朔也に宥められながらもその小さな肩を怒らせて彼女を睨みつける。
「り――璃々の方がすごいんだから! なんでそんなっ」
「どうした」
少女の頭上から降ってきた涼やかな声が、一瞬にして空気を鎮めた。
晴臣である。
「兄さまぁ、白蓮が! 白蓮がひどいの!」
場に加わると同時に泣きそうな妹の声を聞いた晴臣は、近くにいる白蓮を見てわずかに驚き――それから、軽く息を吐いた。顔には出さないが、彼が「またか」と思ったことくらい白蓮には分かる。
「……白蓮、よく来たな。悪いんだが、どこかで待っていてくれるか?」
「うん、もちろん。璃々ちゃんのこと、なんだか誤解させちゃったみたいで――ごめんね」
晴臣は気にするなとでも言うように首を振った。璃々はもはやこちらに背を向けて兄にぎゅっと抱き付いてしまったが、多少緩んだ空気に「本家付き」の者たちも安堵した。
「ほら、璃々。待たせて悪かった。好きな術を見てやるから、機嫌を直してくれないか」
「璃々様」「璃々様!」
優しく気遣わしげな声掛け。白蓮はしばらくそんな様子を大人しく眺め、静かにその場を離れた。
(ふぅ)
あの場にいたのは大人しく、割って入る勇気はない陰陽師ばかりだった。晴臣と白蓮の親しさをどちらかと言えば畏れている側の者たち。きっと晴臣に対して、わざわざ白蓮を貶めるようなことは言わないだろう――そして璃々の癇癪だけを聞けば、晴臣が白蓮を責めることはないはずである。きっと何かの誤解だと思ってくれる。
公平な彼だから。
(――まあ、大丈夫でしょう)
今のうち、多少なりとも危ない橋を渡っておきたかっただけ。白蓮は目標を達成し、他の「友人達」と話すために本邸へ足を踏み入れた。