――医療テントの中から、罵り合う様な騒がしい声が響いている。
「そっちはババじゃねぇ!こっちだ、こっちを引け!」
「……ふっ、読めたぜ」
東条は並べられる二枚の内、萩が指定しなかった一枚を華麗に引き抜いた。
「チェックメイト」
「くっそォォっ」
膝から崩れ落ちる萩に、先に上がった荒木と因幡は憐れみの目を向ける。
「お前は馬鹿正直すぎるんだ、黙った方がまだ勝機がある」
「んだとコラ?」
「やんのかコラ?」
睨み合う二人の肩に、東条は仏の顔で手を添えた。
「争いは何も生みません、皆違って皆いい、それでいいじゃないですか?」
「よくねぇよぶっ殺すぞ」
「……一理あるな」
「ねぇよ黙ってろ最下位」
取っ組み合いを始める彼等を放って、三位は悠々と茶を啜る。
「海は頭は良いんすけどね、短気なのが玉に瑕っす」
「刀祢は?」
「バカなのが取り柄っす」
「これ以上ない誉め言葉だな」
因幡が散らばったトランプを集め、上下きっちり揃えて仕舞う。
成り行きから始めたカードゲームが、思いの外盛り上がってしまった。
「……それは置いとくとして、彼女の事はいいんすか?公衆の面前で告っといて」
ちらりと見るも、当の本人も悩ましさから頭を抱えていた。
「……言うなよ。……正直、どんな顔して会えばいいのか分かんねぇんだよ」
「その場のノリで言っちゃったけど、後になってジワジワきてる感じっすか」
「感じっすわ」
今まで散々フランクに接してきたというのに、いざ気持ちに正直になると、途端にそれまでの経験を見失ってしまう。
人ってのは、なんて難しい生き物なのだろうか。
「はぁ、めんどくさい人っすね。刀祢を見習ってほしいっす」
「……それはやだ」
「うじうじ言ってないでさっさと失せろっす。……きっと待ってるっすよ」
「…………、あいよ」
頬をペチペチと叩いて気合を入れ、立ち上がった。
「そんなんじゃ気合入んねぇぞ?どれ、貸してみ、ろッ‼」
本気で繰り出された萩の平手打ちに合わせて、カウンターの平手打ちをぶち込む。
「バふひゅっ!?」
「ありがとう、おかげで気合が入ったよ。行ってくる」
そのまま出ていく彼を、二人はシッシ、と見送った。
「……悪い奴ではなかったな」
「……ムカつく終わり方っすけどね」
「まったくだ」
痙攣する萩を置いて外に出た彼等は、すっかり雲の晴れた夕焼を見上げた。
――東条はナイスバトルと称えてくる人達にお礼を言いつつ、紗命を探して進む。
「東条君、東条君」
途中、ニヤニヤとした凜が彼を呼び止めた。
「くくっ、紗命なら貴方の家にいるわよ」
「あ、ありがとうございます」
「聞いたわよ?ちゃんと口に出したの、あれが初めてらしいじゃない。だめよそんなんじゃ!女の子は寂しがりやなんだから」
「返す言葉もありません」
萎んでいく東条の背中を、バシバシと快活に叩く。
「ほれ、早く行ってあげな」
「……うっす」
ニヤニヤと手を振る彼女を後に、一息吐き林へ向かった。
――近づくにつれ、心臓の音が木々に木霊する。
視界が開けマイフォームの根元に目を向けるも、彼女の姿はない。
そこで、上から声が掛けられた。
「ここやよ~」
誘われる様に空を仰げば、
そこには、夕陽に照らされた天女がいた。
「……よぅ。待った?」
「かーなーりっ」
「うぉい!?」
いきなりジャンプした紗命を全身で受け止める。
「何してんだ「言って」……ん?」
「もう一回言って」
頬を紅潮させた紗命が、東条の瞳をじっと見つめる。
吸い込まれるような双眸を、しかし彼は逸らさずに見つめ返した。
「紗命が好きだ」
「もう一度」
「紗命を愛してる」
「もう一度」
「俺は、お前を愛している」
「……私も」
徐おもむろに目を瞑った彼女の唇に、そっと唇を重ねる。
時間と境界が蕩け合う世界で、彼等は初めて、互いの想いを感じ合った。