――小鳥の囀りに覚醒を促され、緑葉の隙間から差し込む光に目を窄める。
それから、隣に感じる温もりに顔を向けた。
「……おはよ」
「ふふっ、おはよ」
ピッタリと肌を寄せる紗命が、優しい声で朝の訪れを告げた。
――「んじゃ報告に行くか」
「結婚の挨拶みたいやなぁ」
「まぁ似たようなもんだ」
着替え終わり、東条は紗命を抱えて飛び降りる。
準備は終わった。
覚悟も出来た。
別れの時だ。
――「……本気なのか?」
驚きに固まる葵獅が、二人の顔を見つめる。周りで聞いていた他の人等も、概ね同じ反応だ。
「あぁ、俺はその為に強くなったからな」
「……いつだ?」
「明日にでも」
東条の顔に迷いはない。
「紗命はいいの?」
「えぇ、その為に頑張ったんやもの」
「……そう、……決めたのね」
凜は寂しそうな表情を浮かべるも、諦めたように笑った。
「あたしは別にいいと思うわよ」
「寂しいですが、私も止める気はありませんよ。彼等がそう決めたのならば、私は口を挟みません」
佐藤も首を縦に振った。
皆の視線が葵獅に向く。何せ、現最強とリーダーの一人が抜けるのだ。只事では済まされない。
「……はぁ、俺も別に否定はせん。お前なら何を言ってもどうせ出ていくだろうしな」
「よく分かってる」
「しかしだ、唐突過ぎるだろう?事前に教えてくれても良かっただろうに」
冒険に出るなど、いきなりそんなことを言われても焦るだけだ。
「それに、即戦力が抜けるんだ。お前達が抜けた後の陣形も組み直さなきゃいけない。これからの危険も増すんだ、皆の心の準備も必要になる。そこらへんの事もちゃんと考えてくれ」
要としての自覚を持てと、そう問う葵獅。
自分を優先し、自分の決めた目標の為に動いてきた二人。
他を気にせず、我を貫いてきた二人。
一見、全く響かなそうな言葉。
しかし、そんな彼等の中にも、共感と申し訳なさが込み上げていた。
「……すまない。正直、ここの皆とこんなに仲間意識を持つとは俺も思わなかった。
初めは満足出来次第、勝手に出ていこうと思ってたんだ。でも知らず内に、ここに居心地の良さを感じていたみたいだ。
……うん、……確かに少し考え足らずだった、謝る」
自分でも気づかぬ内に、大切な者が増えていたらしい。
それは紗命一人ではなく、この場所で手に入れた繋がりそのものだ。
頭を下げる東条に続き、紗命も頭を下げる。そんな二人を見て、葵獅は溜息を吐いた。
「その気持ちは俺達も嬉しい。さっきも言ったが、俺もお前達を止める気はない。
だが明日と言わず、あと一週間くらいはいろ。その間に準備は終わらせるし、お前達の送別会も開いてやる」
笑いかける葵獅に感謝し、東条も快く受け入れた。
――二人が去った後、葵獅、佐藤、若葉、凜の四人が、神妙な顔を浮かべ卓を囲んでいた。
「そろそろ、私達も考える頃ですかね」
「あぁ」
「でも、自衛隊が諦めるくらいの奴らが外にはうじゃうじゃいるんでしょ?」
議題は池袋からの脱出。彼等が予てから目指していた最終目標だ。
初めは遠かった目標も、今では随分と現実味を帯びてきたように思える。
「でも、ここに出たのも相当だと思いますよ。ホブとか」
「銃如きじゃと、あのレベルには勝ち目などないじゃろうな。かといって、儂らに特殊部隊並みの統率力と戦闘力があるとは到底思えん」
「先ずは俺達一人一人が、あのレベルのモンスターを殺せるようにならないとだな。
それに、大勢の非戦闘員を守りながらの移動になる。
最終的にはホブ数体を同時に相手どれるくらいにはならないと、外へ出るのは自殺行為に思える」
「……やはり、先は長いのぉ」
「大丈夫ですよ。今まで通り、死に物狂いで生きればいいんです」
「ここでの生活も、悪いことばかりじゃないしね?」
「ほっほっ、儂らも逞しくなったもんじゃ」
「違いないな」
笑い合う四人は、悲観すべき戦力の低下を活力に変え、未来を語り合った。