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第72話



 貌だけでなく全身黒に包まれる彼の両腕は、歪な程に肥大化している。



 一瞬の内の急変にキングが動揺し、笑みを止めた。


 握り潰そうと力むも、全く力が入らない。


「グゲァッ‼ゲァッ‼ゲァッ‼――」


 気持ちの悪い感覚に雄叫びを上げ、黒い人型の何かを、これでもかと地面に叩きつける。


 しかし、


 感触がない。


 壊れない。


 音がならない。



 変化のない世界に怖気を感じ、そのままぶん投げた。



「……ゴルルㇽㇽㇽ」


 キングはむくりと立ち上がる『それ』に大戦斧を構え、


「ゴルァアッ‼」


 大跳躍。

 全力で振り下ろした一撃は、


 しかし、『それ』に当たってピタリと止まってしまう。


「――ッゴア⁉」


 瞬間、驚愕に硬直した身体を、ガバりと肥大化した両手で掴まれる。


 同時に、纏っていた魔力が一瞬で消え去った。


 いや、吸われた。


 焦りと恐怖に、キングの額から汗が噴き出る。


 全魔力を集め抜け出そうとするも、全く力が入らない。


 跳ねる様に顔を上げるキングが最後に見た光景は、






 敵にべったりと張り付いた、獰猛な笑みだった。






 ――両側からの尋常でない衝撃にプレスされたキングは、下半身を残して肉片の雨と化す。


「あはははははははっおぼぇっひっあはははははははっばふぁッ」


 再び貌を黒く染めた東条は、血を吐きながらその中を笑い転げていた。


 何を思って笑うのか、何を嘆いて嗤うのか、それは彼にすら分からない。


 ただ止めどなく溢れてくる感情に、彼は身を委ねているだけだ。



「…………」


 凄惨な雨が止むと同時に笑い声は止み、今度は目に入った下半身を蹴り飛ばす。




 ――殴り、蹴り、引き千切り、ぶん投げる。


「…………」


 肉片しか残らなくなると、彼はまた止まった。






 ――ゆらりゆらりと歩いては止まり、歩いては止まる。






 ――と笑った場所。







 ――と食事した場所。







 ――と遊んだ場所。







 ――と暮らした場所。







 何か目的があるわけでもなく、ただ歩き、ただ止まる。




 そこに理由は無いし、当然意味もない。







 cellというのは、本当の自分であり、もう一つの自分である。


 今の彼は、己のcellに呑み込まれた結果。



 言わば、彼を形作る概念そのものだ。


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