異世界に召喚され、王女として生きることを強いられ、ついには勇者召喚の儀式が執り行われた。
そして――そこに現れたのは、俺のよく知る顔だった。
橘蒼真。
俺の幼馴染であり、最大のライバル。
その彼が、異世界の勇者として召喚され、目の前に立っている。
「……え?」
蒼真の目が、驚愕に見開かれる。
「お、お前……」
俺はゆっくりと息を吸い、吐いた。
「……久しぶりだな、蒼真」
静かにそう言った。
だが、蒼真は俺をまじまじと見つめたまま、まるで信じられないものを見るような目をしている。
「ま、待て……お前、神崎……だよな?」
「……ああ」
俺が頷いた瞬間、蒼真は言葉を失った。
彼の視線が、俺の顔から、流れる銀髪へ、そして俺の身体へとゆっくりと動く。
そして――
「……なんで、お前が女になってるんだよ!?」
驚愕と戸惑いの入り混じった声が、大広間に響き渡った。
俺は思わず顔をしかめる。
「だから、そういう反応はやめろって……」
「いやいやいや! どう考えてもおかしいだろ!? お前、男だったよな!? それが、なんでこんな……こんな……」
蒼真は俺を指差しながら、困惑を隠せない様子だった。
「……その話は後で説明する」
「説明って……お前、何がどうなったら、こうなるんだよ……」
「俺が聞きてぇよ」
俺がため息混じりにそう言うと、蒼真は少しだけ眉をひそめた。
「……マジなのか?」
「マジだよ」
「冗談じゃなくて?」
「お前、俺がこんな冗談言うと思うか?」
「……いや、それもそうだけど……」
蒼真は頭を抱え込む。
「くそ……マジでわけが分からねぇ……」
そして、再び俺を見つめた。その瞳には、まだ信じられないという感情が渦巻いている。
「お前……本当に、神崎蓮なのか?」
俺は苦笑しながら答えた。
「……ああ、そうだよ」
その言葉を聞いた蒼真は、しばらく俺を見つめた後、深く息をついた。
「……本当に、お前なんだな」
そう言うと、彼はゆっくりと歩み寄ってきた。
「おい、近づきすぎだろ」
俺が一歩後ずさると、蒼真は怪訝そうな顔をする。
「は? なんでお前がそんな反応するんだよ」
「……お前が近いからだ」
「は?」
蒼真はますます困惑したように首を傾げる。
「いやいや、お前、今までこんなことで気にしたことなかっただろ?」
「それは俺が男だったからだ」
「……今もお前はお前だろ?」
「身体が違うんだよ、身体が」
俺が頬を染めながら言うと、蒼真はようやく何かに気づいたように「あ……」と声を漏らした。
「……ってことは、お前、今、"女の子"の感覚なんだな……?」
「うるさい」
俺がムスッとした顔で答えると、蒼真は思わず吹き出した。
「くっ……ははっ、マジかよ……お前がこんな反応するなんて……」
「笑うな!」
俺は蒼真の胸を軽く叩く。
だが、その瞬間――
「……っ!」
俺は自分の手を見て、驚いた。
蒼真の胸板が、思ったよりも硬かったのだ。
「……お前、いつの間にそんな鍛えた?」
「は? もともとこれくらいだっただろ?」
「……いや、俺が前の身体のときよりも、もっと……」
「お前、今の身体が華奢だからだろ」
蒼真は少し困ったように言う。
「そういう意味じゃなくて……」
俺が何か言おうとした瞬間、ユージンが咳払いをした。
「お二人とも、再会を喜ぶのは結構ですが……今は状況を把握する方が先決かと」
「……あ」
そうだった。
蒼真がここに来たってことは――
「お前、本当に"勇者"として召喚されたのか?」
「……らしいな」
蒼真は肩をすくめながら言った。
「俺も詳しいことは分からねぇけど、なんか"この国を救え"って言われたよ」
「……勇者、ねぇ……」
俺は呟く。
俺が王女に、そして蒼真が勇者に――
「運命ってのは、ずいぶん皮肉だな」
「まったくだな」
蒼真が苦笑しながら言った。
こうして、俺と蒼真の再会は、最悪なほどにややこしい形で迎えられたのだった。