授業中の教室で咲夜はずっと緩くなった顔を普通に戻せなくなっていた。
「咲夜、咲夜! 指名されてるよ」
隣の席にいた翼が声をかけてきた。にへらにへらと顔が緩みっぱなしの
咲夜はハッと現実に戻る。
「齋藤!! 授業中だぞ、しっかりしろ。黒板の答え解いてみろ」
「え? 私?! えっと……」
黒板には『3x2y−6xy2=』と書かれていた。高校1年で習う数学の因数分解の式だ。咲夜は急に目を覚ましたように、黒板の前に立って、サラサラと解いていく。
「答えは 3xy(xー2xy)です!」
「はい、正解! ぼーっとしてないでしっかり前見ておけよ。んじゃ、次の問題は……」
咲夜は自分の席に戻って、手を合わせて翼に謝罪と感謝を伝えた。翼はニコッと笑顔で交わした。
咲夜は、そう対応していたが、ふと、翼が琉偉と一緒にいる場面を思い出す。意外な組み合わせにちょっと胸がざわつく。脳内円グラフはほぼ悠のことでいっぱいのはずが、多少の3%が琉偉のことを考えてしまう。
本当はもっと多く考えているかもしれない。それはなぜか。同じクラスメイトの親友の翼のことが関わっているから。
久しぶりにまともに会話した気がした。いつも避けられていて、話しづらかった。さっきの問いかけがなければずっと話さなかったかもしれない。
授業終わりのチャイムが鳴り、翼が立ち上がって廊下に行く姿を見た。慌てて、咲夜は追いかけた。
「翼、トイレ行くの? 私も一緒にいい?」
「え、あぁ。うん。いいよ」
何となく、気まずそうに話す翼を見逃さなかった。気にしてないようにして、そのままトイレに行く。それぞれ個室で用を済ませて洗面台で手を洗い、鏡の前で髪型を確認した。
「翼、ちょっと聞いていい?」
「え。うん。何?」
「あのさ、琉偉のことなんだけど」
「………」
翼は無駄に水を流して、何度も何度も手を洗っていた。
もう石鹸は取れているはずだ。
「翼さ、琉偉と仲良いの?」
「え? ん? 琉偉先輩のこと? そんな仲良いとかそんなじゃないよ。
ただ、ファンってだけ。ほら、歌うまいじゃない。先輩って」
目をキョロキョロさせながら、ようやく手を洗い終えて、ハンカチで濡れた手を拭いた。
「ファンって言うのは、片思いってこと? 告白してないの?」
次々と聞く咲夜の圧に負けそうになる。
「うーん。ファンはファンだよ。もう、この話終わりでいいでしょう」
「あ……」
何となく、納得できない咲夜は、下唇を噛んだ。逃げるように教室に戻る翼は、内心ドキドキが止まらなかった。琉偉のライブに行ってずっと黙って咲夜に言わなかったことを後悔した。言うタイミングを失った気がした。もう黙ったまま、貫きとおそうと決心した。
そんな時、階段の踊り場に今会いたくない人がいた。