「ギギッ、ギギギッ!」
不愉快な鳴き声が通路に響く。
人の半分くらいのサイズはある黒いネズミの小型魔獣――
「ちょっとヒィロ、早くなんとかしてよ!」
「ナヴィは後ろに隠れていて!」
ヒィロは左腰のホルスターから素早く
——ウィィィン!
魔力を注ぐと
「ギッ!」
ヒィロは腰だめに引き金を二度引いた。
パシュッ!
パシュッ!
砲口から魔力の弾丸が放たれ数匹を巻き込んで吹き飛ばす。絶命した黒魔鼠が黒い霧となって消えた。だが、数が多過ぎて黒魔鼠の勢いは止まる気配を見せない。
「ひぃぃぃッ! 来るよ来るよ、まだまだ来るよ!」
自分より一回り大きな黒魔鼠にナヴィが翼をバサバサさせて逃げようとするが、まだ幼い彼は上手く飛べずふよふよと浮遊しているようにしか見えない。
空中で足をバタバタさせて飛ぶ必死な姿にヒィロは思わず吹き出しそうになった。
「ナヴィ、普通に地面を走った方が速いんじゃない?」
背部の腰に吊るした
「んぎゃぁぁぁぁぁあ!」
「ギィッ!」
情け無い悲鳴を上げるナヴィに飛び掛かった黒魔鼠が魔弾に吹き飛ばされた。
「ネズミ相手にみっともない犬じゃわい」
「オイラ犬じゃないやいドラゴンだい!」
ナヴィの正体はよく分かっていない。
数年前、ザンドが
「ドラゴンならその醜態はもっと情け無かろう」
本人はいつもドラゴンだと主張しているが、ザンドが呆れて全く相手にしていない。
「
ほれほれ、とザンドに茶化されぐぬぬぬとナヴィは悔しそうに歯噛みする。
「オイラまだ子供なんだから無理って分かんだろ!」
「そうかそうか、そりゃナヴィがでっかくなるのが楽しみじゃわい」
軽口を叩いているザンドだが、決して遊んでいるだけではない。今も
無数とも思えた黒魔鼠の大群がヒィロとザンドの活躍でみるみる減っていく。それでも黒魔鼠は逃げ出さず狂ったようにヒィロ達に襲いかかってきた。
ヒィロは向かってくる黒魔鼠を右手の小剣で斬り伏せ、左の魔砲で器用に遠くの黒魔鼠を撃ち抜く。その横でザンドがぶんぶんメイスを振り回していた。無造作に見えるが一振りで必ず数匹の黒魔鼠を屠っているあたり、その技量には舌を巻くものがある。
「これで終わり!」
ヒィロの
「オイラもうダメかと思ったよ」
安全を確認するとナヴィがパタパタ飛んで戻って、ヒィロの横に並んだ。
「ふむ、妙じゃな」
「うん、臆病な黒魔鼠なのに最後まで逃げ出さなかったね」
いつもなら途中で勝てないと逃げ出す。最後の一匹まで襲いかかってくるなど今までになかった事だ。
「この光が原因かもしれんのぉ」
外だけではなく、塔の内部に入れば天井も壁も床さえも発光していた。いつもの薄暗い通路ではない。
「光で興奮したってこと?」
「と言うより、
ザンドは周囲からいつもと違う魔力を感じていた。
「どうにも大気の魔力が騒ついておるわい」
「魔力が?」
大気に存在する魔力は空気のように何も感じない。それに対し黒魔獣を生み出す黒い魔力は人体にも悪影響を及ぼす。
「嫌な感じはしないよ?」
だがヒィロは見回してみても特に圧迫感や息苦しさなどは感じない。むしろ、清々しいような、心が安らぐような印象を受ける。
「黒い魔力がどんどん清められておるんじゃ」
「だから魔獣が騒いでいるのか」
「この輝きはきっと塔の機能が動き出したに違いあるまいて」
ここは
「旅立ちの間が起動したんじゃ」
黒い魔力が充満していた塔の内部に清浄な魔力が流れている。それはつまり、神々の世界から魔力が流れ込んでいるからだとザンドは結論づけた。
「旅立ちの間ってじぃちゃんが勝手にそう名付けているだけじゃない」
「いーや、あそこが神々がこの地を去った場所じゃ」
ただ、ザンドが旅立ちの間と言っているだけで何も無いただの広間である。
「この塔を研究して十余年のわしが言うんじゃ間違いないわい。あの広間こそ太古の昔に神々と信者達が新天地を求めて異世界の扉を開いた場所じゃ」
「でも、あそこって壁画が描かれているだけだよね?」
ザンドに連れられて何度も訪れている。ヒィロも隅々まで調べたが、扉を開けた真正面に巨大な門の壁画があるだけの場所だった。
ただ、天井まで10A r以上、広さはゆうに数百人は入れそうなくらい異常に広い。
「あの壁画はわしの推測では宗教画の一種じゃ……」
あっ始まった。うんざりしてヒィロとナヴィの目が死んだ。ザンドが自説を語り始めると長い。しかも毎回同じ内容だから耳タコだ。
「ここが伝承通り
「あーはいはい、分かったから早く行こうよ」
「そうだよジッちゃん、世紀の大発見を逃しちゃうよ」
「むぅ、これからが良いところなんじゃが」
ぶつぶつ文句を言うザンドの背中を押してヒィロは先を急いだ。何か大かいな冒険の予感がする。
ヒィロは胸が躍るのを抑えきれなかった。