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第6話 旅立ちの塔《ノアズアーク》


 ——旅立ちの塔ノアズアーク


 神々の凋落期ラグナレク、魔導工学の発展で急速に信仰が衰退したエクスマキナを捨て、神々は残った僅かな信者達と共に異世界へと渡った。その為に建造されたのが旅立ちの塔ノアズアークだと神話にある。


 だが、それは全てが物語。この塔は魔導工学最盛期シデロスジェーノ(単に最盛期と呼ばれる事が多い)に観測所として建てられたというのが現在の通説である。


 一万年以上前に神々が支配していた時代、神々の黄金期クリセオンや神々がエクスマキナを去った頃の神々の凋落期ラグナレクの歴史など魔導工学が浸透している現代において作り話でしかないのだ。


 そう、現在では神々や魔術師の存在を信じている者は殆どいない。


 だから、魔獣も出没する大森林の中にひっそり建つ白亜の塔に興味を抱く者は数少ない。しかし、数は少ないがゼロではなく、神や魔術師もいたと信じて訪れる者達も僅かながらいる。


 ガガガガガッ……ズズゥーン


 今、そんな者達の一部が塔を覆う城郭のような外壁の門を開き敷地内に侵入してきた。


 それは人にしてはかなり異質な存在で、身の丈10Arアール(約5m)は越える褐色の金属の鎧を纏っている。


 否、それは生物ではない。


 魔導工学によって生み出された人型兵器、魔鎧兵アルマギアである。


 その後ろから魔鎧兵の半分くらいのサイズの魔甲兵ハーフギアも続いて入ってきた。それを確認すると魔鎧兵は内側から門を閉じ、旅立ちの塔ノアズアークの麓にある広場まで進む。


 そこには塔を模したような白亜の柱が直立していた。魔鎧兵はそこで片膝を地に着けた。同じように魔甲兵が隣で片膝を突く。


 魔甲兵の開放された操縦席からナヴィが飛び降りた。


「ふぃ〜オイラ死ぬかと思ったよ」


 羽をパタパタさせてナヴィが地表スレスレのところでフワフワと浮遊する。


「ヒィロの操縦のせいで何度落ちそうになった事か」

「仕方ないだろ。じぃちゃんに追いつくのに必死だったんだから」


 魔甲兵の腕や膝などを経由してヒィロが慣れた様子でぴょんぴょんと器用に降りてきた。


「だけど、ナヴィは翼があるんだから落ちても死にはしないだろ?」

「いくらオイラでもいきなり振り落とされたら咄嗟に飛べないって」


 ナヴィは隣の大きな鋼鉄の巨人――魔鎧兵アルマギアを睨みつけた。


「ジッちゃんもちょっとは気を使ってよ」

「ワハハハ、すまんすまん」


 ガコンッ!と魔鎧兵の背中が開き鎧装球儀ギアスフィアの中から出てきた老人が謝ったが、どうにも悪びれた感じはなさそうだ。


 縄梯子を使ってシュルシュルと地表に降り立った老人はとても大柄でヒィロより頭一つは高い。おそらく4Arアール近くあるだろう。


 肩はがっちりして腕や足も太い筋肉で覆われて、白髪を短く刈り上げた頭だけではなく身体中至る所に古傷があった。


 いかにも歴戦の勇士といった感じのこの老人はヒィロの祖父ザンドである。


「なんせこの鎧兵ギアもわしと同じ老骨オンボロじゃて、あちこちガタがきて細かい動き難しいんじゃ」


 ポンポンと魔鎧兵アルマギアの足を叩いて笑うザンドにナヴィは胡乱な目を向けた。


「100年以上前の骨董品なんか買うから」

「ははは、確かに動いているのが奇跡みたいだよね」


 ナヴィの愚痴にヒィロも笑って頷いた。


「やっぱり僕も新しい機体を買うべきだと思うよ」


 若さは常に新しい物への憧れに満ち満ちているものらしい。やはりヒィロも新しい機体に興味があるようだ。


「だよねだよね、こんなオンボロじゃ安物買いの銭失いさ」

「何を言うとる。コイツの骨太な感じの良さが分からんとは嘆かわしい」


 しかし、ザンドはフンッと鼻を鳴らした。


「だいたい最近の鎧兵ギアはカッコばかりですぐに壊れよる」

「それはジッちゃんの操縦が荒っぽいからだろ!」

「わしの腕についてこれん機体がヤワ過ぎるんじゃ」


 グッと両腕を曲げ力を入れるザンドの上腕二頭筋が見事に隆起する。全身ガチムキのとんでもないじーさんにナヴィが呆れた。


「ジッちゃんホントに昔強い鎧装士ギアナイトだったの?」

「おうよ、若い時には五大鎧装士クイントギア共を軽く捻ってやったもんよ」


 五大鎧装士クイントギアは十年に一度開催される魔鎧兵アルマギアによる五つの大会『黄金』『白銀』『青銅』『金剛』『鉄鋼』の優勝者に与えられる称号である。


「当時の奴らは歴代最強などと吹聴しておっての。癪に触ったんでちぃともんでやったんじゃ」

「それって鎧兵ギア戦じゃなくて肉弾戦でだよね」

「そうだったかもしれんのぉ」


 ガハガハ笑うザンドに釣られてヒィロもくすくす笑った。


「いいじゃないかナヴィ」

「だけどよぉ」

「実際じぃちゃんは強いんだしさ」


 ヒィロにとってザンドは祖父であると同時に剣と魔砲アームズの技術を叩き込んでくれた師匠でもある。


 ——魔砲アームズ


 小型のマグナドライブを搭載し魔力を弾丸として射出する魔導兵器の一つである。


「それに僕らの目的は戦う事じゃないだろ」

「そうなんだよねぇ」


 ヒィロの指摘で再度ナヴィは半眼を熊の如き大きな老人へ向けた。


「だから、このナリで学者って言うのはオイラ詐欺だと思うんだよね」


 全身傷だらけの厳ついザンドは傭兵か盗賊としか思えないが、実はこう見えて彼は高名な歴史学者なのである。


「歴史学者ってのは魔物と戦いながら遺跡や秘境を調査するんじゃから、これくらい鍛えるのは当然じゃて」

「ホントかよ」

「まあ、実際この旅立ちの塔ノアズアークにも小物とは言え魔獣が巣食っているしね」


 五千年の時を経て枯れてしまった噴水の名残りもある大広場から二人と一匹は目の前にそびえる白亜の塔を見上げた。


「今日こそ始まりの塔が神々の凋落期ラグナレクに建造された証拠を発見をするんじゃ」

「そうだねじぃちゃん、神々や魔術師は存在したって僕らで証明しよう」


 ザンドは歴史学者となってより長年テーマにしてきたのが、学会では異端視されている神々の存在である。


 その影響を受けたヒィロにとって神々のいた神々の黄金期クリセオン神々の凋落期ラグナレクはロマンだ。


「さあ、行くぞ」

「うん!」


 二人は並び立ち旅立ちの塔ノアズアークへ一歩足を踏み出そうとした——その時、天空より一本の光の柱が降り立った。


「うわっ!?」

「な、なんじゃ!?」

「目がぁッ目がぁぁぁ!」


 突然のまばゆい光に二人が驚嘆し、目を焼かれたナヴィが目を前足で押さえて地面を転げ回った。


 ——ウィィィン、ウィィィン、ウィィィン……


 光の柱は始まりの塔に吸い込まれるようにして消えた。だが、代わりに塔が穏やかに明滅し始める。


「凄いや、塔が光り輝いてるよ」

「むぅ、こんな事は初めてじゃ」


 こんな怪奇現象を前にすれば尻込みしそうなものなのだが、ヒィロの胸はワクワクが止まらない。


「行こうじぃちゃん、何か新発見があるかもしれない」

「うむ、これは幸先が良さそうじゃわい!」


 期待を胸に未だ発光している旅立ちの塔ノアズアークの中へとヒィロとザンドは足を踏み入れた。


「あっ、待ってよヒィロ!」


 ナヴィもまた翼をパタパタと羽ばたかせ二人の後を追って塔に中へと消えたのだった。


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