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第5話  少年と魔鎧兵《アルマギア》


 ――ガイン、ガイン……


 森の中に響き渡る大きな機械音。


 驚いた野鳥がバサバサと翼を羽ばたかせ空へと逃げ、地を這う獣達は草むらや木の陰に隠れて息を潜める。


 愛らしい小型の獣がタタタッと大木を登り、ちょうど良さそうな太い枝からキョロキョロと音の発生源を探し始めた。


 大きなふさふさの尻尾を丸めてクリクリと瞳を動かす小動物はローリスと呼ばれている。愛玩動物としても人気が高い。


 このローリスは野生のようだが、どうやら随分と好奇心が旺盛なようだ。


 キキッ!


 その時、ローリスの真横を何かが通り過ぎ、びっくりした彼は批難にも悲鳴にも似た鳴き声を発した。


 機械音の発生元がちょうど彼の横を通過したのである。その行手を追ったローリスの瞳に映ったものは金属でできた褐色の巨人だった。


 彼の止まる枝の高さにも届く機械仕掛けの巨人はゆうに全長10Arアール(1mメートル=約2Ar)は越えているだろう。


 当然だが、この金属でできた巨人は生物ではない。


 ――魔鎧兵アルマギア


 大気中の魔力マナを動力に変換する魔力動力機関マグナドライブを搭載し、人が搭乗して動かす魔導工学のすいとも言うべき巨大な魔道機械である。


 操縦者――鎧装士ギアナイトからは単に鎧兵ギアとも呼ばれるこの世界エクスマキナにおける主力兵器だ。


 この魔力マナは世界に充満する不可視の動力源で、まだエクスマキナに神々がいた時代では魔術として一部の魔術師によって使用されていた。


 魔導工学は魔力マナを理論的に解析して誰にでも使えるようにした学問である。


 魔術師のような特殊な能力や知識を持たなくとも、魔導工学で作られた魔道機器があれば一般人でも魔術と同じ力を使える。


 魔術師に独占されていた魔術が技術として人々の間に浸透していったのは自然な流れであろう。


 その結果として神々の奇跡や魔術師の恩恵に対するありがたみが薄れ、人々から神に対する信仰が廃れた。当然の帰結として、エクスマキナから神々が去ってしまったのは皮肉と言うべきか。


 それは五千年以上も昔の話であり、神々や魔術師の存在がおとぎ話となって久しい。


 だから、空さえ支配した魔導工学の全盛期から数千年を数え、技術は衰退の傾向にありながらも人の世は魔導工学こそが絶対なのであった。


 ただ、今この森を騒がせている褐色の魔鎧兵アルマギアはだいぶん老朽化が進んでいるようで、あちらこちら装甲に錆が浮き出ている。


 形もずんぐりとして横幅が広く、最近の流行りのものではない。ただの型落ちと言うよりもかなりの骨董品のようだ。


「じぃちゃん、ちょっと待ってよ!」


 褐色の魔鎧兵に遅れてもう一体の黄土色の魔鎧兵が飛び出してきた。


 いや、魔鎧兵と言うにはサイズが小さい。全長は褐色の魔鎧兵の半分ほどだ。しかも、頭が無い。その頭部の代わりに操縦席が剥き出しになっている。


 ――魔甲兵ハーフギア


 魔導工学が衰退するエクスマキナにおいて新たな魔鎧兵を建造するのは難しい。そこで、色んな技術をさっ引いて作られた簡易版魔鎧兵である。


 特にモニター部分の技術は高度で今の技術で再現しようとすると高くつく。だから頭部を取っ払って操縦席を剥き出しにしている。特徴としては魔鎧兵より安価で操縦が簡単。


 だが、魔甲兵は格好が悪い。それに廉価版なだけに魔鎧兵と比べて格段に性能も落ちる。だから魔甲兵は首無しガン・ケンとか兜無しデュラハンなどと蔑まれていた。


「ヒィロ、運転が乱暴すぎ!」


 その開放された操縦席で真っ白なふさふさの子犬が悪態をついた。


 いや、よく見れば背中には小さな翼がパタパタしているし、人語を操る当たり普通の犬とは思えない。


「ナヴィ、危ないからカバンの中に入って!」


 同じく操縦席にいる少年が、真っ白で小さな体をむんずと掴んで肩掛けの鞄に押し込んだ。恐らくこのヒィロと呼ばれた少年が魔甲兵の鎧装士なのだろう。


「もっと優しく扱ってよ!」


 鞄に押し込められたナヴィと呼ばれた白い犬から抗議の声が上がる。


「ごめんごめん、だけどあんま騒ぐと舌を噛むよ」

「オイラはナイーブなんだから待遇の改善を要求――イタッ!」

「だから言ったのに」


 ヒィロは呆れて舌を噛んで痛がるナヴィの頭を撫でた。


「じぃちゃん、こっちは魔甲兵なんだから少しスピード落としてよ」


 前を行く魔鎧兵に向かってヒィロは声を張り上げた。


「辛抱せい」


 それに対して魔鎧兵の拡声器からシワがれた声が発せられた。どうやら魔鎧兵の鎧装士ギアナイトは老人のようである。


 ヒィロの祖父で腕利きの鎧装士であると同時に考古学者でもあるザンドだ。


旅立ちの塔ノアズアークまでもうちょっとじゃ」


 すげなく返されナヴィはげんなりした。


「こっちは数段性能が劣る魔甲兵なんだから少しは気を使えってんだ」

「大雑把なじぃちゃんにそんな配慮できるわけないだろ」


 悪態をつくナヴィにヒィロは苦笑いを浮かべた。


「やっぱ魔鎧兵アルマギアをもう一騎購入しようよヒィロ」

「むちゃ言うなよ。魔鎧兵が幾らすると思っているの」

「せめて魔導車くるまを使えれば良かったのに」

「木々が茂る森の中に入り込めるわけないだろ」


 鞄から頭だけ出してブツクサ文句を垂れるナヴィを必死でヒィロが宥める。こんなやり取りを見ると少年と子犬は対等な関係が構築されているようだ。


「ん?」


 その時、いきなり前を行く魔鎧兵が足を止めた。


「うわっ!?」


 ぶつかりそうになりヒィロは慌てて魔甲兵の足を止めた。そのせいで足がもつれ転倒しそうになる。


「ちょっ、ジッちゃん急に止まんないでよ!」


 大きく揺れた操縦席から落ちそうになったナヴィが非難の声を上げた。


「すまんすまん」


 謝罪の声が聞こえてきたが、魔鎧兵の頭は彼らを気にせず左右に振られる。


「じぃちゃん、何かあった?」

「森の様子が変じゃのぉ」


 剥き出しの操縦席からヒィロも森を観察するが特に異変は感じられない。


「うむ、静か過ぎるんじゃ……それに空気がピリピリしとる」

「確かに動物の鳴き声が全然しないね」


 言われてヒィロも森の様子がおかしい事に気がついた。


「気配はあるよ?」

「息を潜めておる感じじゃな」


 キョロキョロと辺りを見回すナヴィの感覚では動物は間違いなくいる。


「隠れておるようじゃな」


 ザンドは注意深く周囲に目を走らせた。ヒィロにも何やら威圧的なマナが感じられる。


「魔獣かな?」


 ――魔獣


 不可視であるはずの魔力マナだが時折黒いモヤとなる。その黒い魔力を大量に吸収した獣などが凶暴化したものが魔獣だ。なぜか人間に対して異様な敵意を剥き出しにする魔獣はエクスマキナの住人にとって最大の脅威となっている。


 ――ガサッ


 その時、草むらが割れる音がした。


「むっ、来るぞい!」


 異変を察知したザンドがすぐさま腰に装着されていたメイスを抜いて構えた。慌ててヒィロも魔甲兵の腰部に吊るしてある短めの直剣を抜く。


 刹那、大きな影が飛び出してきた。


 ゆうに5Arアール(2〜3m)を超えている。ヒィロの魔甲兵より少し大きい。


「黒魔熊じゃ!」


 それは真っ黒な毛に覆われた大きな熊の魔獣。赤い瞳は爛々らんらんと輝き、大木さえ引き裂き人を軽く噛み殺せそうなほど爪と牙は鋭い。そのおぞましい姿は見る者に恐怖を与える。


 ――グァルルルゥゥゥ


 ヒィロ達を視認した熊の魔獣が咆哮を上げて威嚇してきた。


「ヒィロは下がっておれ、わしがやる」


 言うが早いか、ザンドの魔鎧兵が前へと出た。太い鋼鉄の足で踏み込むと地面が沈みズゥンっと大地が揺れる。


 その圧倒的な質量と自分より二回りは大きい褐色の魔鎧兵を前にしても、黒魔熊は気後れせずぬっと立ち上がって牙を剥いた。


 その刹那、ザンドは魔鎧兵を突っ込ませ一瞬にして黒魔熊との間合いを詰める。それと同時に手にしたメイスをフルスイング。


 一見すると大雑把な一撃だが、そもそも最初の踏み込みがほぼ予備動作がなく虚を突いていた。黒魔熊は気がついたら目の前に迫られていたとしか思えなかっただろう。


 だからメイスがいつの間に自分の頭に直撃したのか理解できまい。いや、頭の何かがぶつかったとさえ思う間もなかったろう。


 首無しの胴体だけが立ったまま残されている。気がつけば黒魔熊は頭だけ吹き飛ばされていた。


 瞬殺である。


 数瞬の後、首を失った黒い巨体が傾き崩れ落ちる。そして、ドゥッと倒れる大きな音が森の中に響き渡った。


 一部始終を傍観していたヒィロの口から感嘆のため息が漏れる。


「やっぱりじぃちゃんは凄いや」

「どこがだよ、ただ力任せに殴りつけただけじゃん」


 ナヴィの悪態にヒィロは苦笑いした。


 同じ鎧装士ギアナイトのヒィロには何気ない動きの中にザンドの卓越した技量を見るが、素人にはナヴィのように単純な動きにしか見えないのだろう。


「ほれ、さっさと行くぞい」

「あっ、じぃちゃん待って」


 ザンドが再び魔鎧兵を目的地へ向けて足を進ませ、ヒィロの魔甲兵がその背中を追った。


 魔鎧兵の内部にある球状の操縦室――鎧装球儀ギアスフィアからザンドはチラッと後ろから必死に追いすがってくるヒィロを確認しながも歩む速度は緩めない。


「ちんたらしておったら旅立ちの塔ノアズアークに着く頃には日が暮れてしまうわい」


 むしろ、ヒィロ達を置いてけぼりにするかのごとく褐色の魔鎧兵を走らせ始めた。


「もう、こっちは魔甲兵ハーフギアなのに」

「うわっ、ヒィロもっと優しく操縦してよ!」


 慌ててヒィロも魔甲兵を走らせるが、振動が激しく舌を噛んだナヴィが文句を垂れる。


(旅立ちの塔ノアズアークか)


 天へ向かってそびえる真っ白な塔に、ヒィロは期待の眼差しを向けた。


「今度こそ謎が解ける発見があるといいなぁ」


 だが、白亜の塔に思いを馳せる少年は気づいていなかった。背後から黒い集団が音も無く自分達を尾行しているのに。


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