「リアナが旅立ったか」
「呆れた人ね」
ジュピテルの背後に金髪碧眼の美しい
「エーマか」
振り返らずとも声でジュピテルには誰かが分かる。
それもそのはずで、この貞淑そうな美しい女神エーマはデウスマキア十二神の一柱であり、悠久の時を連れ添った彼の妻だからだ。
「素直にマルセリアの頼みだって言えば良かったのに」
夫の浮気に報復を繰り返す嫉妬深いエーマが、愛人ユノラの絡む今回の件に
「予知の女神マルセリアが我らと袂を分かちエクスマキナに残ったのは五千年以上前だ。さすがに彼女の予言を覚えている者も少ないだろう」
「だからと言ってあなたが泥を被る必要があったの?」
やれやれとエーマは首を振る。
「リアナは奔放な神々の中では珍しくまともな娘よ。真面目だし、お願いすれば二つ返事でエクスマキナへ行ってくれたでしょうに」
「だからだ」
ジュピテルはそんな愛妻を肩越しにちらりと見たが、すぐに光の柱へと視線を戻した。
「あれは真面目すぎる。使命を与えれば何を置いても全うしようとするだろう」
「それではいけないの?」
「自らの意思でエクスマキナを救いたいと思ってくれなければ意味がない」
「そうマルセリアに言われたのね」
「ああ、それが彼女との約束だ」
「五千年以上前の約束を律儀に守るものね」
エーマの夫の背を見る目が冷えていく。
「マルセリアは美人だったものね」
「……」
ジュピテルは美しき恐妻の凍てつく視線を背中で感じキョロキョロと目を泳がせた。
「予知の女神マルセリアや銀月の女神ルーナス、あなたが愛した幾人もの美しい女神達がエクスマキナには残留したっけ?」
「い、いや、別に彼女達と今回の件は無関係だぞ」
「分かっているわ」
先程までの威厳ある態度が一変してオドオドする浮気性の夫にエーマは苦笑いした。
「きっと、あの地に残った神は誰も生き残ってはいない……愛する世界に殉じた献身的な彼女達まで嫉妬で貶めたりしないわ」
エーマはスッとジュピテルの横に並び立つ。
「だけど、何も知らされていないリアナは大変でしょうね」
光の柱を映す彼女の青い瞳が悲しげに揺らいだ。
「マルセリアの予言通り黒のマナが
リアナが滅びゆく世界を救う人柱にされたように思えて、エーマの胸にちくりと痛みが走った。
「信仰のない世界で神力を得る手段なきあの子は……」