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第13話 銀月神機《ルーナステラ》


「中はそれなりに広そうなんじゃがなぁ」


 ザンドが覗いたところ鎧装球儀ギアスフィアの内部は余裕でヒィロが二人くらい入れそうに見えた。


 だが、ザンドは高齢の老人とは思えぬ規格外の大きさだ。しかも、全身を分厚い筋肉の鎧で覆っていて縦にも横にも大きい。がっちり盛り上がった肩幅のせいでつっかえてしまったようだ。


「ハッチがこうも狭いとはのぉ」

「無理すれば入れるんじゃない?」


 ナヴィがハッチとザンドを見比べながら提案したが、ザンドは首を横に振った。


「入れても出てこられなくなりそうでのぉ」

「じゃあ、ヒィロが乗ればいいんじゃない?」

「僕が?」


 指名されてヒィロが少し不安そうな目をザンドに向けた。


 ヒィロとて鎧装士ギアナイトの端くれ。いつかは魔甲兵ハーフギアから魔鎧兵アルマギアに乗り換えたい気持ちはある。


「僕に動かせるかな?」


 だが、ルーナステラは古鎧兵アルケギアだ。今まで乗っていた機体とは勝手が違う。


「操縦法なら今のものより古鎧兵の方が簡単じゃぞ」

「そうなの?」

「機体の方で補助してくれるからの」


 ザンドには古鎧兵の操縦経験がある。


 若かりし頃のザンドは諸国を巡る武芸者だった。五大鎧装士クイントギアとの武勇伝も数多い。当然、その頃の愛機は今の骨董品おんぼろではなく、性能の良い古鎧兵だった。


「ヒィロなら問題なく動かせるじゃろ」

「うん、やってみるよ」


 ヒィロは目を輝かせてタラップに足をかけ、タタタッと一気に登ると鎧装球儀ギアスフィアの中へ滑り込むように飛び込んだ。


「じぃちゃんの言った通り計器類は今まで乗ってたのよりシンプルだ」


 ヒィロは左右の操縦桿に手をかけて、設置されているボタン類を確認しながら軽く動かしてみる。


「よーし、これならいける」


 ヒィロは機動魔導式の組み込まれたキーを回した。


 ルーナステラの魔力内燃機関マグナドライブに魔力が循環していく。キュイーンと駆動音が響き数千年ぶりにルーナステラが目覚めた。


「わぁ、壁全体がモニターなんだ」


 それと共に全方位モニターが蘇り、周囲の風景が映し出される。ヒィロが足元に注目すれば自然とリアナが見上げている姿が拡大されて映し出された。


「凄いや。どんな技術なんだろう?」


 これだけでもルーナステラがとんでもない機体だと分かる。


「動かすから、ちょっとどいて」


 ヒィロは前方へと機体を動かす。呼応してルーナステラの右足が一歩前に出た。


「これならベースまで持って帰れそう……ん?」


 手応えを感じてヒィロがさらに左足を前に出した時、急に出力が落ちルーナステラの右膝が地についた。


「何だろう? 思ったように出力が上がらない」


 周囲のモニターに色んな警告文アラートが出るが、古代カナーン文字らしくヒィロには読めない。


「どうしたんじゃ?」

「分かんない。なんか警告が出てるけど古代カナーン文字みたいなんだ」

「リアナに読んでもらうしかなかろう」

「リアナ、お願いできる?」


 ヒィロはルーナステラの右手をリアナの前に差し出した。


「はい、それがヒィロの望みなら」


 リアナは躊躇なくルーナステラの右手に乗った。


「しっかり掴まってて」

「はい」


 ヒィロは鎧装球儀ギアスフィアまで右手を持ち上げ、ハッチを開くとリアナに手を貸して中へと招き入れた。


 リアナは中へ入ると操縦席のヒィロの膝の上にちょこんと座る。すると華奢な身体がヒィロの腕の中に納まった。


(うわっ、いい匂い)


 服越しに伝わる柔らかい体温とふわっと香る匂いにヒィロはドキッと心臓が跳ねた。リアナは類稀なる美少女である。思春期のヒィロには刺激が強かったようだ。


 だが、そんなヒィロの動揺をよそにリアナは無表情のまま。まるで意に介さず、周囲に浮かぶ文字に目を走らせた。


「な、何て書いてるか分かる?」

魔力内燃機関マグナドライブの一機が未搭載の為、出力が上がらないとあります」

「えっ、この機体って魔力内燃機関が複数あるの!?」

「もともと二機あるそうです」


 リアナはさらに周囲の文字を読み上げていく。


「出力低下により殲滅級大魔砲マナキャノン神の雷ゼストール』使用不能。魔砲アームズ使用不能。魔光子剣フォトンソード使用不能……」


 リアナが次々と読み上げる内容は、ほとんど『使用不能』ばかり。どうやら、出力が足りず、ほとんどの機能が沈黙しているようである。


「……ロポスフォームによる魔力内燃機関負荷増大。戦闘行為非推奨。ビークルモードへの移行推奨とあります」

「ロポスフォームとかビークルモードってなに?」

「ロポスとは人間もしくは二足歩行を、ビークルとは移動を意味する言葉です」

「つまりロポスフォームっていうのは魔鎧兵の形態って事かな?」


 だとするとビークルモードとは何だろうか?


「さあ?」

「リアナも知らないんだ」

「すみません。デウスマキアにはこのような魔導機は存在しませんでしたので」


 デウスマキアの人類は魔導工学を捨てている。魔鎧兵に限らず、あらゆる魔導工学の産物が存在しない。だから当然、デウスマキア生まれの神であるリアナには魔鎧兵の知識は無いのだ。


「まっ、考えても分からないし、どのみち今のままでは動かないんじゃ仕方ないか」

「ビークルモードになるには、そのボタンを押せば良いようです」

「これ?」


 リアナの指示に従ってヒィロがボタンを押すと、突然ガコンッと機体が揺れた。


「な、何?」


 一瞬、ヒィロは浮遊感に襲われた。


 鎧装球儀ギアスフィアが下へと移動している。ヒィロはすぐに察した。実際、モニターの位置が下がっており、足元は地面を映し出している。


「なになに何なの!?」

「こりゃ変形しとるんか!」


 ナヴィとザンドが驚く声が聞こえて、ヒィロは鎧装球儀を飛び出し機体の上へと登って全体を見回した。


「うそっ!?」


 ヒィロは目を見張った。ルーナステラの姿があまりに変わり果てていたのである。


 ルーナステラは魔鎧兵から細長い二等辺三角形の形態になっており、前方に二つ、左右に一つずつ各頂点にタイヤがついていた。


「これって魔導車?」


 その姿は紛れもなく車であった。


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