「いってらっしゃいませ」
そう言って、出て行く冒険者たちに私はお辞儀をした。毎週日曜日に切りそろえているショートカットの黒髪が、サラリと顔の前に落ちたので右手でかき上げた。顔を上げようとしたとき、冒険者たちの会話が耳に届いた。
「なあ、ここの受付嬢は可愛いんだけどさあ……愛嬌が無いよな。『ラブリー』とは大違いだぜ」
「そうだな。次からはやっぱり『ラブリー』で討伐依頼を探すか」
聞き捨てならない言葉に、私の眉がピクリとひきつった。
貿易の中継都市として栄えているアルバの町にある冒険者ギルド『ビリーブ』で私は働いている。最近できた冒険者ギルド『ラブリー』に冒険者が流れているという噂は小耳にはさんでいる。
「愛嬌がない……」
私は愕然とした。確かに、今まで愛嬌をふりまかなければならないなどと考えたことは無かった。うちの冒険者ギルド『ビリーブ』のモットーは<実直・素直・誠実に!>だから、愛嬌なんて気にしていなかった。
「愛嬌がない……」
握りしめた右手を口に当てて眉間にしわを寄せていると、軽く肩を叩かれ「ひっ!?」と間抜けな声が出た。
体をビクッとさせて固まっていると、ギルドマスターが私の顔を覗き込んでいる。
「どうしたのさ、そんな深刻な顔しちゃって」
「アーサー様……」
「様は要らないって。いい加減アーサーって呼んでくれよ」
「でも、アーサー様はギルドマスターですし……」
「固いなぁ。まあ、そこがララちゃんの魅力でもあるんだけどさ」
アーサー様はそう言って、ニッと笑った。
「アーサー様、最近『ビリーブ』を訪れる冒険者が少なくなったと思うのですが、気になりませんか?」
「ああ! それは冒険者ギルド『ラブリー』が出来てから、ずっとだよね」
アーサー様は「今日は天気がいいね」というような気楽さで答えると、首を傾げた。
「それがなにか?」
「アーサー様! これは由々しき事態だと思います!」
私は両手を握りしめて、アーサー様をじっと見つめた。
「また眉間にしわを寄せて……。可愛い顔が台無しになっちゃうよ?」
「真剣な話です。茶化さないでください!」
アーサー様は右手の人差し指で自分のおでこを何度か突いた後、パッと明るい顔をして私に言った。
「そんなに悩んでるくらいなら、敵情視察してみれば?」
「え?」
「冒険者ギルド『ラブリー』に潜入調査してみればいいんじゃない?」
「……!!」
大胆な発想に私は口があんぐりと開きそうになった。
一呼吸置いた後、ごくりとつばを飲み込み、逡巡し、一人頷いてから私は言った。
「わかりました! 私、行ってきます!」
「ええっ!? ララ、今のは冗談だって!」
アーサー様は目を丸くしている。
「いえ、虎穴に入らざれば虎子を得ずです!」
私は今すぐにでも『ラブリー』に潜入したかったけれど、今日のところは思いとどまるようアーサー様に説得された。
「……それでは、明日は休みをいただきます」
「変なことしちゃだめだよ? 危ないこともね?」
「大丈夫です! 任せてください!」
明日は、ライバルの冒険者ギルド『ラブリー』の秘密を探ってやる、絶対に。
私は心にそう誓った。