「ここか……冒険者ギルド『ラブリー』!」
私は帽子付きのマントを身にまとい、冒険者として『ラブリー』にやってきた。
震える手でドアを開くと、能天気な明るい声が響く。
「いらっしゃいませぇ! 『ラブリー』にようこそぉ! おまちしてましたぁっ!」
甘ったるい声で出迎えられて、私は戸惑った。
ライトグレーの壁がピンクのリボンで飾られている。
白い家具に、白いテーブルセットが並んでいる。
冒険者ギルドとは思えない、可愛らしい装飾だ。あ、でも壁に貼られている賞金首のチラシや、討伐依頼の一覧は確かに冒険者ギルドであることを表しているなあ。
「ねえ、ぼく? こういうところは初めて? 分からないことがあったらお姉さんが教えてあげるからね?」
鼻にかかった甘えた声で、女性が話しかけてくる。グレーのミニスカートワンピースの襟元には、ピンクのフリルのリボンが揺らめいている。背中まで伸びた金髪はサラサラとした絹糸のように滑らかな光を放っていた。少女のような女性の目を見ると、彼女は「んっ?」と唇を人差し指で抑えたまま、私の顔を覗き込んできた。彼女の口角は常に上がっている。
「あ、あの……自分、様子を見させてもらってもいいでしょうか?」
なるべく中世的な声に聞こえるよう気をつけながら、ぼそぼそとしゃべる。初めに誤解されたのをいいことに、私は少年のふりをすることにした。
「んんっ? いいよー! 私はキャシー。質問があればいつでも声かけてね! ゆっくりしていってね!」
『ラブリー』の受付嬢、キャシーさんは小さく手を振ると私から離れ、他の冒険者に声をかけはじめた。
「なんか、こんな冒険者ギルドがあるなんて……想像できなかった……」
どこか嬉しそうな冒険者たちと、舌足らずな話し方をする受付嬢たち。
キャシーさんは、次々と冒険者にボディータッチをしながら笑顔を振りまいている。
他にも二人の受付嬢がいて、どちらもニコニコと笑顔を絶やさずに冒険者と話している。
「……これが……愛嬌というものなの?」
私は右手を握りしめて口に当てたまま立ち尽くしていた。
「ねえ、ぼく、お名前は? まだ聞いてなかったよね?」
いつの間にかキャシーさんが、そばに来ていた。
「あ、わた……いえ、僕は……ララン」
「へー、ララン君って言うの? 素敵なお名前だねぇ!」
キャシーさんが私の手を取り、優しく握った。
「よろしくねっ。ラランくん!」
長いまつ毛に縁どられた潤んだ瞳で、私を見つめるキャシーさんはとても可愛らしい。
「……そうか、これが愛嬌……!」
「んんっ?」
鼻の先が付きそうなほど私に顔を近づけて、キャシーさんは首をかしげる。
「ありがとうございました! 勉強になりました!」
私はキャシーさんに一礼し、『ラブリー』を出た。
「えっと? あ、うん、どういたしましてぇ? またきてねぇ?」
キャシーさんは戸惑いながらも笑顔のまま私を見送った。
「……つかんだ! あれが愛嬌!!」
思わず両手を握りしめてガッツポーズをする。
私は今日受けた衝撃を忘れないよう、カバンからノートを取り出し、さっきまでの出来事の詳細を丁寧に書き込んだ。
「この体験を仕事に生かさなくては!」
ノートを見ながら早足で『ビリーブ』に向かう途中、私は何度か躓きそうになった。