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第3話 変わらなくちゃ!

「ただいま戻りました!」

 『ビリーブ』に入ると、アーサー様がカウンターで一人ぼんやりとしていた。

「あれ? 今日はララちゃん、お休みじゃなかった?」

 首をかしげるアーサー様に、私は報告する。


「敵情視察をしてきました! なぞは解けました!」

 アーサー様は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしつつも、言葉を返してくれた。


「……ララちゃん、良い顔してるね?」

「はい! 『ラブリー』で愛嬌について学んできました! これでもう『ビリーブ』も冒険者が増えて、ばっちりです!」

「え? 愛嬌? よくわからないけど……まあ、ララちゃんが納得できたなら良かった」

 アーサー様は私に向かってにこりと笑った。


「はい! それでは今日の仕事を始めます!」

「よろしくね」


 私はスタッフルームに入り、制服に着替えた。

 鏡を見る。

 黒いベストに黒スカート。白い長そでブラウス。

 改めて見ると、随分地味な制服だ。黒髪のショートカットと茶色い大きな目、まつげだってそれなりに長く、サクランボ色の唇をした私の顔は……『ラブリー』の受付嬢キャシーさんに負けてはいないはず! だと思いたい。


「『ラブリー』の制服はもっと可愛かったですね。せめて……」

 私はスカートのウエストを折って、ミニスカートに見えるようにした。

「よし! スカートの丈は『ラブリー』に近づきました。……足が少し寒いけど……我慢です!」


 カウンターに入ると、アーサー様が目を丸くした。

「あれ? スカート短くない?」

「愛嬌の一環です」

 口角を上げ、アーサー様に言う。


「今日から私は愛嬌を振りまきます。これで『ラブリー』に行った冒険者たちも戻ってくるはずです」

「そんなこと気にしてないのになあ……」

 アーサー様が苦笑している。


「まあ、ララちゃんが思うようにやってごらん? お客さんには迷惑かけないようにね?」

「はい!」

 私は笑顔をはりつけてカウンターに立ち、アーサー様と一緒に冒険者を待った。


 時計の音だけが響く静かな時間が続いた。


 頬が痛くなる。笑顔ってつかれるのね。

 暇にまかせて『ビリーブ』の中を見直すと、飾り気のない木の壁に木の床、木のテーブルセットが目についた。掃除は行き届いているから、嫌な印象は無いけど、普通だ。


 壁に貼られた、レベルの高い冒険者向けの討伐依頼や賞金首の知らせと、レベルが低くてもできる薬草採取などの簡単な依頼は、きちっと分けられていてわかりやすい。


 <実直・素直・誠実に!>をモットーとする『ビリーブ』は、可愛さよりも機能性を重視している。私はこのほうが落ち着くけれど、冒険者にとってはもう少し可愛いほうが愛嬌があっていいのかもしれない、と思い、テーブルに花を飾ってみた。


「ん? 花なんて飾ってどうしたの?」

 アーサー様が不思議そうに花を見つめている。

「少し、可愛らしくなるかなと思いまして」

「そう」


 笑顔を心掛けたまま、またしばらくカウンターで冒険者を待つ。

「今日は人がこないねえ」

 アーサー様があくびをしたとき、ドアのベルが鳴った。


「いらっしゃいませぇ! 『ビリーブ』にようこそぉ!」

 満面の笑みで、あえて少し舌足らずな感じをだし挨拶をしてみた。反応はどうだろう?

「やあ、ララさん。今日はどうしたの? なんかいいことあったの? それとも酔っぱらってる……?」

 常連の冒険者、ポール様が訝し気に私を見つめた。

「ポール様! 貴方にであえたことがうれしいんですぅ」

 きっと、『ラブリー』のキャシーさんなら、こう言うだろう。


 私は両手を握りしめて胸元であわせ、首をすこし傾けてポール様に微笑みかけた。


「……ねえ、アーサーさん、ララさんどうしちゃったの? なんか変だよ?」

 ポール様はあとずさると、真面目な顔でアーサー様に問いただしている。

「うーん、愛嬌を学んだって張り切ってるんだよね」

「え?」

 ポールさんが眉をひそめて私をまじまじと見た。

「んんっ? どうしましたかぁ?」

 ポールさんの顔に、顔を近づけて目をぱちぱちすると、ポールさんは顔を赤くして目をそらした。


「ララさん……それ、誤解されちゃうからやめたほうが良いと思うな……」

 ポール様は腰に差した剣を撫でながら、言いづらそうだったけれども、私に忠告してくれた。


「え、でも、『ラブリー』では……」

「ここは『ビリーブ』だろ?」

 ポール様が諭すような笑顔で私に言った。

「そうそう」

 アーサー様も静かに頷いている。


 私の努力は無駄だったの……? と肩の力が抜ける。

 こっそりスカートの丈をもとにもどして、愛想笑いをやめた。


「失礼いたしました。ポール様、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「良い討伐依頼があったら紹介して欲しいんだ」

「はい、承りました」

 私は無駄のない動作で討伐依頼のファイルを取り出し、開いてポール様と一緒に依頼を一つずつ確認した。


「いつも通りの方が、ララさんらしくて良いよ」

 ポール様が優しく話しかけてくれた。

「はい、先ほどは失礼いたしました」

「僕はいいんだけどさ。……ほかの人にも、同じように接客してたの?」


 私は首を横に振った。

「ポール様だけです」

「そっか……良かった」

 ポール様が俯いたままつぶやいた。


「……はい?」

「なんでもない! あ、この討伐依頼を引き受けようかな?」

「承りました」


 ポール様はかるく頭を下げて、冒険者ギルドを出て行った。



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