クラリッサが帰ってきたその朝、ギルドは平常運転――つまり、大混乱だった。
「クラリッサさーん!! あのっ、依頼票の書き方、またわかんなくなっちゃって!!」
「お前さっきも来てただろ!?…ですわよね!? 今度は何!? “伝説の鍋の蓋を探してほしい”? 意味がわかんないんだけど!…ですわ!」
「クラリッサさん! 緊急事態です! ポーション全部飲み干したヤツがいます!」
「誰だよそれ!? ……っていうか何で飲むんだよ常備薬を!」
「も、もしかして……あたし、ですかね……?」
「お前だったのかよ!!…ですわ!!」
クラリッサ=フォン=アルトハイム。
かつて「災厄の家」と呼ばれた名家の令嬢。
しかし、今や彼女の肩書は――“ギルドの全力受付嬢”。
「ふぅ……久々に戻ってきたけど、やっぱここが落ち着くわー……いや、落ち着くわけないけどね!」
それでも、どんなトラブルにも動じないその姿に、ギルドの誰もが信頼を寄せていた。
「クラリッサさん、クラリッサさん!! 今朝ギルド前でチンピラが騒いでて……」
「セフィナ、ちょっとお願い」
「え!? 私ですか!?」
「大丈夫、前回の“ゴブリン襲来事件”を思い出して。君、3体まとめてぶん投げてたよね?」
「え、あれ……見られてたんですか……?」
「バッチリ」
セフィナが顔を赤らめながら走り出すと、クラリッサはすかさずカウンターに戻った。
「さーて、次の依頼処理っと。……って、今度は“呪われた鍋の蓋を封印してほしい”? どんだけ鍋関連来るのこの街」
そのとき、ふらりと現れたのは武闘派冒険者のバルド。
「クラリッサ、帰ってたのか」
「おー、バルド。珍しく生きてるじゃん」
「おい、失礼だな。……で、ちょっと頼みたいことが」
「はいはい、鍋関係は受付終了でーす」
「ちげえよ!!」
ふふっと笑うクラリッサ。
彼女にとって、ここが“帰る場所”だった。
その夜、ギルドの裏手で、クラリッサはひとり空を見上げていた。
「お母さん……あたし、もう“アルトハイムの娘”じゃなくていいよね。
“クラリッサ=受付嬢”として、ちゃんと生きていけそうだよ」
どこからか聞こえてくる怒声。
「クラリッサさーーーん!! キッチンの鍋、爆発しましたーーー!!」
「また鍋!? いや待って、今度は何したの!? ていうか鍋が爆発ってどういうこと!?」
彼女の戦場は、魔導研究所でも、戦場でもない。
そう――今日も変わらず、受付カウンターの向こう側だ。
「ギルドの受付嬢」クラリッサ=フォン=アルトハイム、全力で業務中!
――完