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第19話 キスしたいならキスしていい

悠人が結衣に煽られて、まさか理性を失うとは思っていなかった。


「悠人、冷静になって…」


結衣が愉しそうに私を一瞥したが、その瞳の奥にある悪戯っぽい光が、どこか私を不安にさせた。

直感的に、ここでのゲームがただの遊びじゃないことは分かる。

――これは普通の人が遊べる代物じゃない。


悠人は田舎の出身で、貧しい家から抜け出すために必死で勉強してきた。

その苦労を知っているからこそ、彼の野心には共感していた。


たとえ悠人が私を傷つけたとしても、私は彼がそのお金を無駄に使うのは見たくない。

お金は一朝一夕で手に入るものではないし、彼の両親は素朴で、今でも田舎の土地を手放さず、畑仕事している。


「悠人、本気で遊ぶつもり?」


私がそう問いかけると、桐生宗介が一瞬眉をひそめ、すぐにその表情を解いた。


だが予想に反して、私の言葉は悠人を冷静にさせるどころか、彼の理性を完全に崩壊させる引き金となった。

彼は私の目の前に歩み寄り、椅子を引いて座ると、クレジットカードをテーブルに投げ出した。


「乗るさ、洋子、今日は俺が勝つからな」


私は一瞬言葉を失った。彼がここまで子供っぽいとは思わなかったから。


「洋子、心が優しすぎるのも、逆にダメだぞ」


桐生宗介が私の肩に腕を回し、耳元で低く響く声をかけてきた。その声に、私は微かに胸が痛くなるのを感じる。


桐生宗介ですら私の気持ちを理解してくれているのに、私と結婚して2年も経つ悠人は、何を勘違いしているのだろう。

私が彼を挑発していると思っているなんて。

哀れだ。


「カードを配れ!」翔太が叫び、周囲のスタッフにカードを配るように指示を出した。


しばらくして、三枚のカードが私たちの前に配られた。私は、桐生宗介も参加するのかと思っていたが、意外にも彼は私の隣に座って、ただ黙って私のプレイを見守っているだけだった。


彼の腕が私の肩に回り、距離が近すぎて、時々彼の髪の毛が私の頬に触れる。


不思議なことに、私はその近さが心地よいと感じる一方で、悠人と私は合法的な夫婦なのに、目の前では悠人が愛人を抱きしめ、私は他の男に抱きしめられている。

その光景が、まるで復讐劇のように思えてならなかった。


ゲームのルールは全く分からなかったので、数回プレイした後、私の前にはかなりの額のチップが減っていることに気づく。


結衣と翔太は大して勝敗に変動がなかったが、私のチップは全て悠人に取られているようだった。


私は不安で仕方なかった。桐生宗介は「負けても大丈夫」と言ってくれているが、あまりにも負け続けていると、申し訳なくなってくる。


「宗介、君の彼女、運が悪すぎだな」


翔太のからかいに、私はますます落ち着かなくなった。


「今日の運はどうしても悪いみたい。やめた方がいいよ」私は立ち上がろうとしたが、その瞬間、桐生宗介が私の肩をぐっと押さえた。


「大丈夫、気にしなくていい。まだ始まったばかりだよ。誰が勝つのか、分からないだろ?」


自分ですら自分を信じていないのに、桐生宗介は一体どこに自信を持っているのだろうか。


深田美智子は、悠人が勝っているのを見て、その顔に隠しきれない得意げな表情を浮かべていた。


私もまた、深田美智子の得意げな様子に、どこか悔しさを感じていた。恐らく、私の顔も今、かなり落ち込んでいたことだろう。


「洋子、大丈夫よ。君の彼氏は負けても平気だって言ってるよ」


結衣の言葉は、悠人をわざと挑発しているのだと分かっていた。


しかし、悠人はすでに金銭的な刺激で興奮して、他のことに気にしていないようだった。


そして、私の運の悪さが続き、またしてもチップを失ってしまった。このまま負けを重ねて桐生宗介を破産させたらどうしよう。


「もうやめようか?」私は桐生宗介に視線を向けたが、驚くことに彼が私にあまりにも近すぎて、唇が彼の頬にかすってしまった。


その瞬間、私は急激に顔が赤くなり、恥ずかしさで体が固まった。


桐生宗介は少し驚いた表情を見せた後、唇を引き締めて私をじっと見つめ、にやりと笑って言った。


「キスしたいならキスしていいんだよ」


その言葉は小さな声であったが、周りの誰もがしっかりと聞いていて、私は恥ずかしさのあまりその場から消えてしまいたかった。


悠人の得意げな顔が、一瞬で崩れ落ちたのが見えた。


「もういい、いちゃつくのは禁止だ。」翔太が冗談めかして言った。


桐生宗介はその言葉を無視し、優しい眼差しで私を見つめ続けた。


「じゃあ、最後の一回だ。君がディーラーだよ。全部賭けようぜ」


その言葉と共に、桐生宗介は残りのチップを全てテーブルに押し出した。


「分かった、俺も付き合うよ」翔太がタバコをくわえて、両手でチップを一気に押し出した。


結衣も笑みを浮かべて、同じようにチップを押し出した。


そして、最後に悠人だけがどうするか決めかねていた。


悠人は今、少し迷っているようだった。結局、彼は他の三人のように大きな金額を持っていないので、ここで大胆に賭けることができなかった。


しかし、隣に座る深田美智子は、負けたくないかのように、悠人にチップを押し出させた。


「来いよ」


最後の一回、私は緊張で手が震えそうだった。桐生宗介はテーブルの下でそっと私の手を握り、軽く言った。


「開けよう。これが最後だ、誰が勝つか分からない」


翔太はカードを見た後、軽く悪態をついてカードを投げ捨てた。結衣もそれを見て同じようにカードを投げ捨てた。

悠人のカードを開ける顔は真剣そのもので、私は彼が実は負けを恐れていることに気づいた。


そして、深田美智子は悠人の手から広がる三枚のカードをしっかりと見つめていた。

結果が出た瞬間、彼女は興奮して跳ね上がりそうになった。

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