彼女の興奮した表情を見て、私の気持ちは複雑だった。
私は悠人があまりひどく負けないことを願っていたが、同時に、桐生宗介にも負けてほしくないという、複雑な気持ち。
カジノという場所は、勝者がいれば必ず敗者もいる。
そして、私は今、ここに座っていること自体が間違いだったと気づき始めた。
私はまだカードを開けていないが、悠人はもう我慢できず、狂ったようにカードをテーブルに叩きつけた。
周りの人々が一斉に驚きの声をあげる。
「九点だ!運が良すぎる!」
「クソ。」結衣は低く呟き、椅子の背もたれにぐったりと寄りかかった。
「ふざけんな、この野郎…裏で何かやってんのか?」翔太も納得がいかない様子で、顔をしかめた。
その瞬間、私はカードを開く勇気がなくなった。
「開けて。」
桐生宗介が軽く私の肩を叩いて、穏やかな声で言った。
私は震える手で、慎重に一枚目のカードをめくった。その瞬間、心の中で絶望が広がった。
3…最小の数字だ。
「続けろ。」桐生宗介は冷静に言う。
第二枚、また3…涙が出そうだった。
悠人が私の顔色を見て、どうやら私が良くないカードを引いていると気づいたらしい。
そして、彼は得意げに笑った。
「洋子、早く開けろよ。グズグズしてると負けちゃうぞ?」
深田美智子が焦りながらも、私を急かすように言った。
「早く開けなさい。」
桐生宗介が微笑みながら、穏やかに私を励ました。
「開けて。」
私は深呼吸して、最後のカードをめくった。その瞬間、桐生宗介がふっと笑い出した。
彼が私の手からカードを引き抜き、かっこよくテーブルに叩きつける。
周りの観客たちは、一斉に歓声を上げ、興奮して飛び跳ねた。
このゲームを見守る観客たちの方が、実際にプレイしている私たちよりも熱心だった。
そして、私は気づいた。
最後のカードもやはり3だった。
桐生宗介が教えてくれたことがある。
「3枚の3も、9点になる。ただし、他の9点を上回る、最強の9点だ。」
結衣が安心したように、ニヤリと笑った。
「洋子、あなたに負けるなら納得するよ。」
翔太は口を開け、タバコが口から落ちるほど驚いた。
しばらくしてから、やっと言葉を絞り出す。
「おい、宗介、お前の女、すごすぎだろう。結局一億円も持っていかれたってわけか。」
「一億円?」
私は驚きすぎて口が開かない。
これ一回の勝負で、一億円あったのか…?
桐生宗介は悠然と座り直し、腕を私の椅子の背もたれにかけた。
その姿は、まるで一億円なんて額が全く気にしていないかのようだった。
私はその瞬間、悠人を見た。
彼の顔色が完全に蒼白に変わり、血の気が引いていった。
深田美智子もその事実を受け入れられない様子で、私のカードを何度も見返してから、フラフラと座り直した。
「でもイケメンさん、私、そんなにお金持ってないんだから、借用書を書いてくれる?」
結衣は笑った。
その言葉に、周りの男たちは一斉に笑い出す。
桐生宗介は唇を舐めながら、優雅に笑い、私の腰に軽く腕を回しつつ
「君が洋子の友達だから、金の話はいい。今度、食事でもご馳走してくれたら、それでチャラ。」
私は桐生宗介がこんなにも豪快に、私という偽物の彼女のために一億円を損してくれるとは、予想していなかった。
その時、私は彼が一体何者なのか、ますます疑問が湧いてきた。
でも、確信が持てた。結衣の一億円は必要ないだろうが、悠人の一億円は絶対に受け取るだろう。
案の定、桐生宗介の声がゆっくりと響き渡る。
「佐藤さん、振り込みかカード決済か、スタッフが手伝ってくれるよ。」
その瞬間、黒スーツのスタッフが悠人のもとに現れ、丁寧にお辞儀をした。
「先生、こちらへどうぞ。」
悠人は顔を真っ赤にして、震える手で、テーブルに叩きつけたカードを拾い上げた。
私は彼の経済状況を大体知っている。
彼のカードには、絶対に一億なんて額は入っていないはずだ。せいぜい千万円だろう。
そして、深田美智子はもう立ち上がることもできなかった。
彼女は悠人の本当の状況をよく知っているに違いない。
周囲の注目と、議論の声が大きくなる中、悠人の背中は少しずつ萎んでいった。
私はその光景を見て、他の観客とは違う感情を抱いていた。
悠人は本来、こんな賭けに参加しなくても良かった。でも、彼は来てしまった。
もう年齢的にも衝動的な行動は取らないと思っていたけれど、今、彼はまさにその衝動的な行動の結果に苦しんでいる。
結衣が声を張り上げた。
「佐藤、カードには一億円入ってるのか?」
悠人は真っ赤な顔で、そのカードを握り締めていた。
しばらく沈黙が続いた後、ようやく声を絞り出す。
「借用書書いてあげる」
桐生宗介は笑いながら、タバコを手に取った。
「悠人、賭け事には負けを受け入れる覚悟が必要だ。払えないなら来るべきじゃなかった。大人なら、結果に責任を持つ覚悟と能力があるべきだ。」
「クズが、金もないくせに遊びに来るなよ。」翔太は遠慮なく罵った。
結衣は笑いながら言った。
「悠人、君の女て払うか?」
周囲は再び笑い声をあげる。
深田美智子はその言葉に驚き、悠人の手を強く握りしめた。
「悠人、やだよ。」
桐生宗介の笑顔が広がり、穏やかな声で言った。
「やだ?」