「……」
心臓がドキドキ。
指を絡ませ、彼の目を見る勇気がなかった。その目は、まるで私を引き込むように魅力的で、どうしてもその視線に抗えない。
でも、それだけじゃない。目の前で半開きになった彼の胸元が、また誘惑してきて…。
私は思わず目を閉じ、しばらく沈黙した後、ようやく一言絞り出す。
「お金がないから、養えないよ。」
桐生宗介はその言葉を聞いて、クスっと笑った。そして、突然力強く私を引き寄せ、スマホを取り出して、パシャリ。
「え、なにしてるの?」私は慌ててスマホの画面を覗き込む。
そこに映っていたのは、桐生宗介が寝巻き姿で、私はバスタオルを巻いたまま、彼の胸に寄りかかっている姿だった。それは、誰が見ても余計な想像をかき立てるような一枚だ。
桐生宗介はにっこりと笑う。
「証拠を一枚残しておこうと思って。後で君が否定しないようにね。」
「何を……」
私の言葉は、突然開かれたドアの音に遮られた。そこに現れたのは、結衣だった。
「え?洋子、もう起きたの?」結衣は、私と桐生宗介の微妙な距離を見て、にやっとした。
私は驚いて言った。「結衣、どうしてここに?」
「どうしてって…私は最初からここにいたよ?喉が渇いたから飲み物を取りに行っただけよ。それに、みんながゲームしてたから、ちょっとだけ遊んだ。」
手に持っていた2缶の飲み物を見せながら、結衣が笑った。「飲む?」
私は思わず桐生宗介を見て、顔が赤くなった。この噓つき!
桐生宗介は体を少し傾け、リラックスしながら私を見て、わざと知らないフリをして言う。「どうした?」
私は目を伏せて、息をつまらせたけれど、何も言えなかった。
桐生宗介はそのまま耳元に近づき、低い声で囁いた。
「酔っ払った君が暴れたのは事実だし、君の友達も証人だ。もし俺が何かをしたいと思ったら、君はもう、俺に…まあ、良くないことをされていたかもしれない。」
「良くないこと」って言葉が、私の心を乱した。でも、そのおかげで少しだけホッとした気がした。
桐生宗介は私の表情を見て、にっこりと微笑み、優雅に背を向けて歩いて行った。彼が見えなくなると、私はようやくあそこにも部屋があることに気づく。
部屋に戻ると、私は結衣に問いかけた。
「結衣、昨日の夜、ずっと私と一緒にいたの?私の服、結衣が?」
結衣はベッドに座り、ジュースをゴクゴクと飲みながら笑顔で答えた。
「もちろんよ、君が酔っ払って大変だったから、私が手伝ったんだよ。あいつが脱がせたって思ったの?まさか、あんた、直接聞くつもりじゃないだろうね?」
その言葉で、私は先ほどの恥ずかしい出来事を思い出して、顔がさらに赤くなった。
「私が一緒にいたから安心安心。昨晩吐いたから、君をお風呂に入れて、結構大変だったんだから。」
結衣の優しさに、私は胸が温かくなり、彼女の腕を抱きしめた。
「結衣、やっぱり君が一番だよ。」
「でも、私がシャワーを浴びていたとき、桐生宗介は部屋にいたんだよ。」結衣がゴミ箱に空き缶を投げ込みながら、ニヤニヤと続けた。
私は驚いて顔を上げると、結衣は楽しそうに笑いながら言う。
「私、シャワー中ずっと悩んでたんだよ。あの人に何かやるじゃないかと思って、でも、いい男だからいいかなって。結局、シャワーから出たら、彼はもういなかったけど。」
私は思わず結衣の脇腹をつついた。「なんでそんなに変なこと考えてるの?」
結衣は笑いながら、私を避けた。しばらく二人でふざけ合った後、結衣は少し真面目な顔で言った。
「でも、桐生宗介って、佐藤よりずっといい男だと思うよ。もし佐藤と離婚したら、こんな男を見つけたらどう?」
私は布団に潜り込み、先ほどの出来事を思い出しながら、少し心が乱れていた。
桐生宗介のような素敵な男性には、私なんか相手にされるはずがない。でも、彼の魅力には引き込まれてしまう。あの何気ない仕草に、心が揺れてしまう。
結衣はさらに言った。「あ、そうだ。昨日、悠人から電話があったけど、私は無視しておいたから。君の携帯、切っておいたよ。」
私は「うん」とだけ返し、それ以上は言わなかった。
酔いがさめるのは辛くて、しばらくするとまた眠ってしまった。
その後、ドアのノックで目が覚めると、すでに朝になっていた。
結衣が部屋に入ってきて、桐生宗介から届けられたという服を持ってきた。
それは新しいドレスで、まだタグがついていた。
どうして桐生宗介が女性の新しい服を持ってるんだろう?
私は少し不安になった。彼の家に、女性のものがあるなんて…。
結衣が出て行った後、私はその服に着替え、階下へ向かう。
リビングに降りると、昨晩のカードゲームをしていた男たちはいなくなっていた。
結衣は道場に行くと言って、タクシーで出かけた。
私は少し恥ずかしくなり、結局リビングを片付けることにした。
片付けをしていると、桐生宗介がキッチンのドアに寄りかかっていた。
彼の髪は濡れていて、どうやらシャワーを浴びたばかりのようだ。白いシャツとスラックス姿で、すごく爽やかに見える。
「え、ずっと見かけなかったから、勝手にキッチンを使っちゃいました。冷蔵庫にあった卵で麺を作ってみようかと。」私は少し照れながら言った。
桐生宗介は微笑みながら、ドアに寄りかかる姿勢を崩さずに言った。
「キッチンで女性が料理をしている姿を見ると、家にいる感じがするね。」