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第28話 こんなことは初めて

この瞬間、桐生宗介がどう思っているのかが分からない。

だが、一度口にした言葉って、まるで水をこぼしたみたいに、後悔してももう取り返しがつかない。


「いや、雨がひどすぎるし、それに…独身男性を泊めるよりも、独身男性の家に泊まる方が危険だ。」


私の説明、なんだか必死すぎて「自分の言い訳してるだけじゃないか?」って思っちゃう。


でも、実は信頼してるんだ。

あの日、酔っぱらった私を家に連れ帰って、何しなかったから、私は彼を信じてる。


彼は私を見てニヤリと笑い、何か言おうとしたけれど、突然携帯が鳴った。

着信を見た桐生宗介は、微妙に眉をひそめて数秒迷った後、電話を取った。


「宗介」って聞こえた声は、どう聞いても女性の声。

それを聞いた彼は、顔を横に向けて、音量を下げるボタンをスッと押した。


私には相手の声は全く聞こえなくなった。

明らかに電話の内容を聞かせたくなかったんだろうな、音量を調整したから。


彼は黙ったまま電話を聞いて、タバコをくわえて火をつけた。

しばらくしてから、彼は深く煙を吸い込み、低い声で言った。

「わかった、今行く。」


電話を切って、ドアの前でぼーっと立っている私を見て、彼が言った。


「ちょっと用事があるから、出かける。」


もしかして、私が心配しないように気を使ってくれてるのか?

彼の目や声のトーンが、なんだかとても優しく感じた。


私は顔が真っ赤になった。


彼、まるで私が彼を離したくないみたいな言い方をするんだから、ドキドキしちゃうじゃん!


私は焦って、傘を取ろうとしたけど、彼が一瞬で私の手首をつかんで、びしょ濡れの服を指さした。


「すでに濡れてるから、大丈夫。」


彼は私の手を放し、階段を降りていった。


彼が触った手がまだ熱く感じて、しばらくその場に立ちすくんで、彼の足音を聞きながら。


しばらくしてから、やっとドアを閉めた。

窓の外を見ると、彼が小道を歩いていて、急いでいる様子だった。

タバコの火がチラチラと明滅して、すぐに夜の闇に飲み込まれていった。


録音機からは、音質が悪いけれど有名な歌手なの歌声が流れていた。


……


その夜、悠人から電話がかかってきた。

彼、よくもまあこんな時に電話してくるなぁ。


電話の目的はすぐに分かっていたので、私はそのまま無視して、静かに窓の外を見ながら雨を感じていた。


でも、悠人、しつこいんだよね。

冷笑しながら、私は電話を取ることにした。


「洋子…」彼は、まるで私が電話を切らないか心配しているみたいに、急いで言ってきた。


私は黙って電話を持ち、何を言いたいのかをじっと待った。


「洋子、俺たちのこと、もうこれ以上引き伸ばしても意味ないだろ、俺は…」


「離婚でしょ?分かってる、応じるよ。」

私は彼の遠回しな言い方を聞きたくなくて、あっさりと切り返した。


「本当に?」

悠人は、私があまりにもあっさり応じたことに、驚いたようだった。


「明後日9時、役所の前で待ってて。」


「分かった。」悠人は、まるで肩の力が抜けたように、軽く息を吐いた。


どうやら彼は離婚の手続きを長い間放置していたみたいで、深田との関係も面倒になっているらしい。

深田は私とは違って、私はかなり従順だったけど、深田は違う。

長い付き合いの中で彼女のことをよく知っている。彼女は決しておとなしいタイプじゃない。


私は電話を切って、携帯をベッドに投げると、冷笑を浮かべた。


離婚は別に構わない。でも、彼が私を裏切った件に対しては、ちゃんとお返ししないと気が済まない。


翌晩、私は一番短いスカートを選び、メイクをして、バッグを持って家を出た。

都会の中心から少し離れたバーに向かい、適当な男を見つけて酒でも飲もうと考えた。


正直、26歳の私がこんな大胆なことをするなんて初めてだったから、ちょっとワクワクしてた。


実は、桐生宗介はかなりタイプなんだけど、私はその気持ちを心の中にしまい込んで、永遠に秘密にするつもりだ。


もし寝たら責任を取るべきだって言ってたけど、私はその責任を負えない。

昨日の夜、電話をかけてきたあの女性が誰かは分からないけど、彼がその電話を受けてすぐに雨の中を出て行ったのを見たから、その女性は彼にとって大事な人なんだろう。


私は裏切られた立場に立たされたことがあるから、他の人の関係を壊すようなことはしたくない。


正しいタイミングで正しい人に出会うことは難しい。まあ、それが私の運命だ。


私は強い酒を頼み、ネオンの光の下で踊る曲線を見ながら、欲望に溢れた心でターゲットを探し始めた。

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