この瞬間、桐生宗介がどう思っているのかが分からない。
だが、一度口にした言葉って、まるで水をこぼしたみたいに、後悔してももう取り返しがつかない。
「いや、雨がひどすぎるし、それに…独身男性を泊めるよりも、独身男性の家に泊まる方が危険だ。」
私の説明、なんだか必死すぎて「自分の言い訳してるだけじゃないか?」って思っちゃう。
でも、実は信頼してるんだ。
あの日、酔っぱらった私を家に連れ帰って、何しなかったから、私は彼を信じてる。
彼は私を見てニヤリと笑い、何か言おうとしたけれど、突然携帯が鳴った。
着信を見た桐生宗介は、微妙に眉をひそめて数秒迷った後、電話を取った。
「宗介」って聞こえた声は、どう聞いても女性の声。
それを聞いた彼は、顔を横に向けて、音量を下げるボタンをスッと押した。
私には相手の声は全く聞こえなくなった。
明らかに電話の内容を聞かせたくなかったんだろうな、音量を調整したから。
彼は黙ったまま電話を聞いて、タバコをくわえて火をつけた。
しばらくしてから、彼は深く煙を吸い込み、低い声で言った。
「わかった、今行く。」
電話を切って、ドアの前でぼーっと立っている私を見て、彼が言った。
「ちょっと用事があるから、出かける。」
もしかして、私が心配しないように気を使ってくれてるのか?
彼の目や声のトーンが、なんだかとても優しく感じた。
私は顔が真っ赤になった。
彼、まるで私が彼を離したくないみたいな言い方をするんだから、ドキドキしちゃうじゃん!
私は焦って、傘を取ろうとしたけど、彼が一瞬で私の手首をつかんで、びしょ濡れの服を指さした。
「すでに濡れてるから、大丈夫。」
彼は私の手を放し、階段を降りていった。
彼が触った手がまだ熱く感じて、しばらくその場に立ちすくんで、彼の足音を聞きながら。
しばらくしてから、やっとドアを閉めた。
窓の外を見ると、彼が小道を歩いていて、急いでいる様子だった。
タバコの火がチラチラと明滅して、すぐに夜の闇に飲み込まれていった。
録音機からは、音質が悪いけれど有名な歌手なの歌声が流れていた。
……
その夜、悠人から電話がかかってきた。
彼、よくもまあこんな時に電話してくるなぁ。
電話の目的はすぐに分かっていたので、私はそのまま無視して、静かに窓の外を見ながら雨を感じていた。
でも、悠人、しつこいんだよね。
冷笑しながら、私は電話を取ることにした。
「洋子…」彼は、まるで私が電話を切らないか心配しているみたいに、急いで言ってきた。
私は黙って電話を持ち、何を言いたいのかをじっと待った。
「洋子、俺たちのこと、もうこれ以上引き伸ばしても意味ないだろ、俺は…」
「離婚でしょ?分かってる、応じるよ。」
私は彼の遠回しな言い方を聞きたくなくて、あっさりと切り返した。
「本当に?」
悠人は、私があまりにもあっさり応じたことに、驚いたようだった。
「明後日9時、役所の前で待ってて。」
「分かった。」悠人は、まるで肩の力が抜けたように、軽く息を吐いた。
どうやら彼は離婚の手続きを長い間放置していたみたいで、深田との関係も面倒になっているらしい。
深田は私とは違って、私はかなり従順だったけど、深田は違う。
長い付き合いの中で彼女のことをよく知っている。彼女は決しておとなしいタイプじゃない。
私は電話を切って、携帯をベッドに投げると、冷笑を浮かべた。
離婚は別に構わない。でも、彼が私を裏切った件に対しては、ちゃんとお返ししないと気が済まない。
翌晩、私は一番短いスカートを選び、メイクをして、バッグを持って家を出た。
都会の中心から少し離れたバーに向かい、適当な男を見つけて酒でも飲もうと考えた。
正直、26歳の私がこんな大胆なことをするなんて初めてだったから、ちょっとワクワクしてた。
実は、桐生宗介はかなりタイプなんだけど、私はその気持ちを心の中にしまい込んで、永遠に秘密にするつもりだ。
もし寝たら責任を取るべきだって言ってたけど、私はその責任を負えない。
昨日の夜、電話をかけてきたあの女性が誰かは分からないけど、彼がその電話を受けてすぐに雨の中を出て行ったのを見たから、その女性は彼にとって大事な人なんだろう。
私は裏切られた立場に立たされたことがあるから、他の人の関係を壊すようなことはしたくない。
正しいタイミングで正しい人に出会うことは難しい。まあ、それが私の運命だ。
私は強い酒を頼み、ネオンの光の下で踊る曲線を見ながら、欲望に溢れた心でターゲットを探し始めた。