シャウラの花屋は、村人や近隣の農民たちにとって希望の場所となっていた。彼女が祈りを捧げるだけで、不作の畑が豊かになり、病気の人々が元気を取り戻す――そんな「奇跡」が次々と起きるのだから当然だった。
町中では、彼女の存在についての噂が絶え間なく囁かれるようになっていた。
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町中での噂
「聞いたかい?あの花屋のシャウラ様が、また奇跡を起こしたんだってさ!」
市場で果物を売る商人が興奮気味に語る。
「何でも、村人の家畜が疫病で倒れていたのが、彼女の祈りで全員元気になったんだとよ!」
それを聞いた別の商人が驚いた表情を浮かべる。
「そんな話、まるで神話みたいじゃないか!本当なのか?」
「本当さ!この目で見たわけじゃないが、村人たちが言うには間違いないってよ。今じゃ、あの花屋に頼めばどんな問題も解決すると信じられているんだ。」
噂は市場だけでなく、宿場町の宿や酒場でも話題に上るようになった。
「彼女はただの花屋じゃないな。神様の力を借りてるに違いない。」
「いや、もしかすると彼女自身が神の化身なのかもしれんぞ。」
そんな話が広がる中で、シャウラ本人は相変わらず穏やかに花の世話をし、訪れる人々に笑顔を振りまいていた。
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遠方からの訪問者
ある日の朝、シャウラが庭で花に水をやっていると、見慣れない服装をした一団が訪れた。馬車に乗った裕福そうな男性と、その周りを護衛が囲んでいる。彼はこの地域の領主であるヴィクトールだった。
「おや、立派なお客様がいらっしゃいましたね。」
シャウラは微笑みながら彼らを迎えた。
ヴィクトールはシャウラを見ると、一礼して口を開いた。
「あなたがシャウラ様ですね?この町の者たちから、あなたが素晴らしいお花を育てるだけでなく、多くの人々に奇跡をもたらしていると聞きました。これはただの噂ではないようですね。」
「まあ、そんな風に言われているんですか?私はただ、少しお祈りしているだけなんですけど……。」
シャウラは首を傾げた。
「その“少しのお祈り”が、多くの人々の生活を救っているのです。ぜひ、私の領地にもお越しいただきたい。あなたの力を必要としている者がたくさんいるのです。」
彼の申し出に、シャウラは少し考え込んだ後、笑顔で答えた。
「それは嬉しいお誘いですね。でも、私はこの花屋で皆さんとお話しするのが好きなんです。もしお困りのことがあれば、こちらに来ていただければ喜んでお力をお貸ししますよ。」
その答えに、ヴィクトールは少し驚きながらも微笑んだ。
「なるほど……では、またお願いすることがあるかもしれません。その時はよろしくお願いします。」
こうして、彼女の噂は領主や貴族層にまで広がっていった。
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奇跡の数々
シャウラが祈ることで起きた「奇跡」の数は日を追うごとに増え続けていた。
干ばつで枯れかけていた川が、一晩で水を取り戻した。
病気で動けなかった老人が、祈りの後に元気を取り戻した。
冬でも咲かないはずの花が、彼女の庭では鮮やかに咲き誇った。
これらの出来事を見た人々は、彼女を「花屋の聖女」と呼び始めた。最初は冗談半分だったその呼び名も、次第に本気で信じられるようになっていった。
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隣国全体への影響
シャウラの評判は宿場町やその近隣の村だけで留まらず、隣国全体へと広がり始めた。特に貴族たちの間では、彼女の力に注目する者が増えた。
「隣国にいるという“花屋の聖女”……本物の聖女だったら、私たちの領地でも奇跡を起こしてもらいたい。」
「彼女を王都に呼び寄せるべきではないか?」
貴族たちの間で議論が巻き起こり、彼女を正式に迎えるべきだという声も上がり始めた。
しかし、シャウラ自身はそのような動きには全く気づかず、毎日を穏やかに過ごしていた。
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御者の視点
そんな中、シャウラのそばで日々を共にしていた御者は、彼女の無自覚な力が隣国全体に及ぼしている影響の大きさに驚きを隠せなかった。
「シャウラ様はただ祈り、花を育てているだけだ。それなのに、この国全体が彼女の影響で豊かになり始めている……。」
御者は、追放された国の状況を思い浮かべた。シャウラがいなくなったことで国がどれだけ混乱に陥ったのかを思うと、胸が苦しくなった。
「この方は、自分がどれだけの力を持っているか全く理解していない。だからこそ、彼女の力は純粋で……恐ろしいほど強力だ。」
御者はその事実を心の中で反芻しながらも、シャウラが変わらず無邪気に笑い続けていることに安堵していた。