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【第11話】誠の『議論バトルロイヤル』

「――で、結局、“昼ご飯はうどん派かそば派か”って話、決着ついたの?」

「つくわけないだろ!!!もう4時間目潰れてるんだぞ!!!」

 翔太郎の絶叫が、教室の壁に虚しく反響する。

 ことの発端は、朝のホームルームだった。

 何気ない雑談として、クラスメイトがぽつりと呟いた。

「今日の昼、購買でうどん出るらしいけど、そばの方がよくね?」

 それに反応したのが――誠だった。

 議論大好き男子。どんな話題でも論点を見つけ出し、両者の主張を整理し、冷静かつ粘り強く話し合いで解決しようとする性格。

 そしてこの日も、当然のように始まった。

「でも“うどん”は食感の柔らかさと出汁の相性で考えると、昼食に最適とも言える」

「それは好みの問題では?」

「では、“好み”とは何か――そこから始めよう」

 この瞬間、空間が――揺れた。

 翔太郎は、議論の第一声で空気が“固まる”のを感じた。

 次の瞬間、クラス全員の足元が光に包まれたかと思うと、教室の床が消え――

 気づけば、壇上。

 マイク、スポットライト、観客席。謎の“討論ステージ”が出現していた。

「は!?なにこれ!?なんでステージ!?え、俺マイク持ってる!?やだやだ俺は出たくない!」

「うどん派とそば派で分かれて!最初は“定義の確認”から入りまーす!」

 司会者口調で張り切る誠の姿が、異様に生き生きしていた。

(これ……アニマだ。討論が“空間そのもの”を乗っ取ってる!)

 翔太郎はすぐに理解した。

 この空間では、なにかを語り始めると自動的に“ステージに呼ばれ”、相手が見つかれば議論が始まる。

 話題はどんなに些細でも関係ない。たとえば――

「この椅子、座り心地いいよね」

「えっ、でも僕はちょっと硬いと思うけど?」

「じゃ、討論しよう!」

 バシュッと光が走り、椅子論争勃発。

 あるいは――

「今日の空気、春っぽいな」

「でもまだ肌寒いよ?」

「なら、“春”の定義から話し合おうか」

 そして即・壇上送り。

「だれがこんなシステム作ったああああ!!!」

「いや、作ったんじゃなくて、“アニマが人間の論争欲”に感応して空間化した”って方が正しいわね」

 冷静にノートを広げる璃桜の解説に、翔太郎は白目を剥く。

「やばいだろ!このままじゃ学校全体が“討論地獄”に飲み込まれる!」

「たぶん、核となってるのは“誠”ね。彼が議論を始めるたびに、“討論領域”が拡大してる」

「止めろよぉぉぉ!!」

 だが、壇上の誠は満面の笑みで高らかに宣言していた。

「さぁ皆さん、次は“カレーにじゃがいもは必要か否か”です!!」

「そんなの好みで決めろやあああああ!!!」




 市役所前、午前11時。

「――よって、“傘は手に持つか、リュックにしまうか”の件、結論は保留となりました!」

「え、これって本当に大事なことなんですか……?」

「日常って、“些細な選択”の連続なんだよ!」

 まさかの“市民巻き込み型ディベート”が始まっていた。

 掲示板には「議題受付中」の札、広場には仮設壇上、そして通行人が次々と“議論に招待”される。

 明らかに、日常ではなかった。

「こっち、スーパーのレジで“レジ袋を使うべきか否か”の壇上ができてる!審判が5人もいるぞ!」

「反対派の論客、買い物かごを高々と掲げて“未来の環境のために!”って叫んでる!なんだこの熱量!!」

 翔太郎と璃桜は街を奔走していた。

 アニマの影響は、学校を超えて“討論可能な人間すべて”に広がっている。

 特に、“主張したがり”の大人たちの方が重症だった。

「見て、あそこ。“エレベーターは閉めるべきか、開けるべきか”議論が30分続いてる……」

「すれ違った子どもが“犬派と猫派”で分かれて、つかみ合いじゃなく“演説”になってるぞ……」

「その辺の標語看板ですら、“人権とは”について主張してる気配すらある……」

 街は“論争エネルギー”で満ちていた。

「誠、どこにいるんだよ……!」

 情報によれば、現在彼は“駅前ロータリー”を本部に、討論イベントの中心になっていた。

 本来ならば彼のような“話し合いで物事を解決したい”タイプの人間は、争いを避ける調停者であるはずだ。

 だが今や、彼は“討論こそが人間関係を深める最善の手段”と信じきってしまっている。

「たぶん彼自身も気づいてないのよ。“アニマが議論に反応して空間を拡張している”んじゃない。“誠の信念”そのものが、アニマに影響されて空間を現実化してるの」

「つまり、誠の“議論欲”が空間を作ってるってことか……!」

 そのとき、広場の中央。

 巨大スクリーンの下に立つ誠が、拡声器で宣言した。

「次のテーマは、“正しさとは何か”。参加者、求む!」

「ラスボス議題来たああああああ!!」

 翔太郎は急いでマイクを握り、壇上に飛び込んだ。

「ストップだ誠!!もうやめろ!!街が“言葉”に飲まれてるんだぞ!!」

 誠は、翔太郎をじっと見据えて言う。

「でも翔太郎。君だって、間違ってることには“ツッコミ”を入れたくなるだろ?」

「それはもう完全に“ボケとツッコミ”の話であってディベートじゃねえよ!!」

「違わないよ。僕にとって“議論”は“対話”なんだ。意見がぶつかって、そこに意味が生まれる。その過程が、僕は……好きなんだ!」

 翔太郎は言葉を詰まらせた。

 誠は真剣だった。本当に、心から“言葉のやりとり”を信じていた。

「でもな誠、それを“無限に”やったらどうなると思う?正しさの前に、みんな疲れるんだよ……!」

 そのとき、背後で麗奈が笑顔で囁いた。

「……議論の目的が“勝つこと”になってるとき、人は気づかないの。“相手が黙った瞬間、勝ったと思ってしまう”ってことに」

 翔太郎は気づいた。

(誠が好きなのは“議論”じゃない。“分かり合うこと”なんだ……)

「誠、“相手に勝ちたい”って思ってるか?」

「え? いや、僕は……ただ、“伝えたい”だけで……」

 その瞬間、空間が揺れた。

 壇上のスポットライトが消え、観客席が霧のように薄れていく。

「……あ」

「やっぱり、誠の本音は“伝えること”だったんだ。アニマが、それに反応して空間を戻し始めてる」

「じゃあ、あの議題は……」

「終わった。“討論空間”は、閉幕よ」

 誠はマイクを置き、少しだけ照れくさそうに言った。

「……伝わるって、やっぱり嬉しいな」

 翔太郎はぽんと彼の肩を叩いた。

「お前の話、長いけどな。でも、ちゃんと伝わったよ」

(第11話 完)


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