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【第13話】悠真、名言で爆発する

 昼下がりの商店街。

「……ああ、これは嵐の前の静けさってやつか」

 悠真が、やや低めの声で呟いた。

 その瞬間、近くの郵便ポストが盛大に“ボン”と煙を上げて吹き飛んだ。

 翔太郎は口にしていたメロンパンを吹き出しかけた。

「ちょっと待て!?今のただのカッコつけじゃなかったのか!?なんでポスト爆発した!?」

 悠真はポストの残骸を見下ろしながら、少しだけ眉を動かす。

「……俺の言葉が、現実に干渉してる……ってことか」

「さらっと言ってるけどお前、“口癖が爆弾”になってるんだぞ!?異常事態にも程があるわ!!」

 ふと周囲を見渡すと、通行人たちが慌てて物陰に隠れていた。

 すでに複数の“名言爆破事件”が市内で発生しており、被害報告は30件を超えているらしい。

 璃桜が、手にした観測ノートにメモを取りながら歩いてくる。

「アニマのタイプは“象徴拡張型”。喋った内容の“比喩”や“象徴的意味”が、現実に作用する形で“物理現象化”してるわ」

「じゃあ、“心が燃えている”って言ったら?」

「たぶん本人が発火する」

「“心が冷えた”って言ったら?」

「冷蔵庫に閉じ込められる可能性」

「“今、世界を動かすのは俺だ”って言ったら!?」

「……市役所あたりが浮き始めるかもね」

「ダメだ!!こいつにマイク持たせんなああああ!!!」

 だが肝心の悠真は、事態の深刻さを理解しつつも、どこか淡々としていた。

「……でも、こういうのって“言葉の重み”を試されてる気がするよな」

「違う!お前が思ってるより10倍は爆発してるからな!!」

「……翔太郎、俺が今“未来は俺の掌の中だ”って言ったらどうなると思う?」

「やめろォォォォォォォ!!!」

 次の瞬間――ドローンが大量に空から降下してきた。

 何故か全機体に「未来配達中」と書かれていた。

「お前の名言が流通してんじゃねーか!!!」

 悠真は微かに唇の端を上げた。

「……おもしろい」

「やかましいわ!!!!!!」

 街は、いま――“詩的爆撃”に晒されていた。




 商店街の通りを抜けた先、バス停の前。

 翔太郎は両手を合わせて祈っていた。

「悠真、頼むから……もう、何も喋るな……!」

「……言葉ってのは、呼吸みたいなもんだろ?」

「ちげぇよ!!!お前の呼吸は“爆風”なんだよ!!!」

 その直後、悠真が小さく呟いた。

「じゃあ……“沈黙は金”ってことで……」

 ポン。

 目の前の銀行が、一瞬で金色に輝いた。

「バカ野郎ォォォォ!!!!その“金”じゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 ガラガラと崩れかけた銀行のシャッターから、係員らしき人が飛び出してくる。

「誰だ!?誰が“金”って言った!?インゴット出現で床が抜けたぞ!!」

「逃げよう!今すぐ逃げよう悠真!!下手すると“金融爆弾”で指名手配されるぞ!!」

 その様子を、路地裏から静かに見つめていた人物がいた。

 龍平だった。

 ゆっくりと歩み寄ってきた彼は、珍しく語気を強めて言う。

「……悠真。君は今、“言葉の重み”を遊び半分で使ってる。それは“誰かの気持ち”すら、簡単に踏み越えるってことだ」

 悠真は、微かに目を細める。

「……違うよ、龍平。俺は“遊び”で言ってるんじゃない。“かっこいい自分”に、ようやく近づけた気がしてるんだ」

 その目は真剣だった。

 だが翔太郎はすかさず割って入る。

「ちょっと待て。それってつまり、“言葉で現実を動かせるようになった今こそ、俺はカッコいい”って?」

「……うん。俺、今なら“どんな言葉も結果を持つ”。そう思える」

「バカかお前ぇぇぇぇぇ!!!」

 翔太郎は思いきり頭を叩いた。

「言葉ってのは“思ってても届かない時”があるからこそ意味あるんだろ!!言えばいいってもんじゃねぇんだよ!!!」

 悠真がふっと眉をひそめる。

「……でもさ、“言わなきゃ、何も始まらない”だろ?」

 その瞬間、また現象が起こった。

 街の電光掲示板に、大きく表示された。

《何も始まらない、を終わらせろ。》

 そこから発光した文字列が、風のように街へと広がっていく。

 信号が詩的に光り、壁に落書きが“名言風”に変化し始める。

『今日を変えるのは、明日じゃない。君だ。』

『心が曇っているなら、空を吸え。』

『靴が泥だらけでも、立ち止まらなきゃ道は続く。』

 街が、悠真の“自己演出ワード”で塗り替えられていく。

「なんなんだよこれええええええ!!!ポエム都市になってんぞぉぉぉ!!!」

 璃桜が走ってくる。

「アニマが“言葉の形式”を信号にして、都市空間全体をポエティック構造に書き換えてる……!このままだと、現実が“詩の中のルール”で動くようになる……!」

「それってつまり、“論理や物理が通用しなくなる”ってことか!?それ“中二病の最終形態”じゃねぇかよ!!!」

「止めるには……悠真本人が、“言葉を失う覚悟”を持たないといけない」

「……つまり、かっこつけをやめる、ってことだな」

「それが一番ハードル高い!!」

 だが――街の空に、ひとつの詩が浮かんだ。

《もしも、俺が黙ったら。きっと世界は、俺の言葉を、探す。》

 悠真の“最後の名言”だった。




“詩”が空を覆っていた。

 街の建物にはスクロールのようにテキストが流れ、横断歩道の白線が「進め、止まるな」と読み上げられるように点滅を繰り返している。

 歩道の脇に設置されたベンチには、

『座ることは、ひとつの逃避ではなく、立ち向かうための呼吸だ』

 などと意味深な一文が刻まれていた。

「もう無理だ!街がポエムと化してる!!」

 翔太郎が頭を抱えていると、悠真がゆっくりと歩き出した。

「……気持ちよかったんだ」

「は?」

「誰かが、俺の言葉を覚えてくれる。響く。“お前の言葉、いいね”って……それが、“自分に力がある”って、錯覚させてくれた」

 璃桜が静かに言った。

「……でも、その“錯覚”が世界を変えるようになったら、それはもう“責任”になる」

「そうだな……」

 悠真の顔に浮かぶのは、笑みでも自信でもなかった。

「俺は、自分の言葉で、人の感情を動かしたかっただけなんだ。でもそれが、“現実”を動かし始めたら……それは“思い”じゃなくて、もう“呪い”かもしれない」

 翔太郎は、前に出た。

「お前の言葉で、誰かが笑ったことはある。俺も、“ちょっとカッコいいな”って思ったこと、正直ある。でもな」

「うん」

「それは、“爆発しなかったとき”だけだ。言葉は誰かの心に届くもんであって、街の構造物を吹き飛ばすもんじゃねえ!」

 悠真は、静かに笑った。

「……なら、ここで俺が、言葉をやめるって言えば……“止まる”と思うか?」

「そのセリフが一番フラグくさいんだよ!!」

「いや、でもマジで。これから先、俺が一言でも“名言っぽいこと”を言いそうになったら、全力で止めてくれ」

「よし、じゃあ“バケツかぶって水ぶっかける”のが制裁な」

「物理的対処かよ」

 そのとき、街の空に、最後の一文が浮かんだ。

《言葉を手放すとき、本当の声が残る》

 そして、空がふわりと晴れた。

 歩道の詩が消え、建物の言葉が静かに霧散していく。

 どこかで鐘が鳴ったような感覚のあと、街が“ふつうの景色”に戻っていた。

 璃桜がデバイスに記録しながら言う。

「アニマが“象徴の力”を放棄した……つまり、“悠真の意志”が言葉から離れたから、存在そのものが消えたのね」

 翔太郎は、ホッとしながら背伸びをした。

「……まったく。これでしばらく、カッコつけ禁止だな」

「“俺が喋るだけで風が吹く”とか、“沈黙の中に世界がある”とか、そういうのも全部NG」

「封印された中二病ワード……」

 悠真が苦笑しながら言った。

「……でもさ、たまには言ってもいい?」

「やめろォォォォ!!」

「冗談。今の俺には……“黙る勇気”もある」

 翔太郎がバケツを持ち上げかけて、悠真が慌てて手を上げる。

「待て待て!ほんとに今のはセーフだって!」

「お前の基準が一番危険なんだよ!!!」

 そして夕方。

 空は穏やかに色づき、風の音だけが通り抜けていた。

 そのなかで、悠真がぼそっと呟く。

「でも……“言葉で変わる世界”って、ちょっとだけ夢あるよな」

 翔太郎は無言でバケツを持ち直した。

(第13話 完)


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