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【第16話】美紅、記憶が…毎秒リセット!?

 朝、校門前。

「……よし!今日も頑張る!」

 快晴の空の下、声を張り上げて笑顔で走ってくる少女――美紅。

 だが次の瞬間、彼女はぴたりと立ち止まり、きょとんと首を傾げた。

「……あれ? わたし、なにしてたんだっけ?」

 そして5秒後。

「……よし!今日も頑張る!」

 また笑顔で走り出す。

「ちょ、美紅!?さっきから同じセリフ3回目だぞ!!」

 翔太郎があわてて前に飛び出す。

「え?えっ?……あ、翔太郎くん!おはよう!」

「お、おう、おはよう……あのさ、お前、今“何しにここまで来たか”覚えてるか?」

「えっと……えっと……」

 目をぎゅっと閉じる美紅。

「目標はあるの!でも……“何をしてたか”が、思い出せない……!」

「ってことは、“目的”は覚えてるけど、“過程の記憶”が消えてるってことか!?」

 そこへ璃桜が駆け寄ってくる。手には観測ノート。

「確認した。“行動保持型記憶リセットアニマ”。意思や目的だけを残して、思考の“履歴”を5秒ごとに削除していくタイプね」

「うわ、厄介すぎる!つまり美紅は“未来へ進むこと”だけは覚えてるけど、“直前の自分”は忘れてるってことか!?」

「ええ。たとえるなら、メモなしで“階段を登ってる”のに、自分が“いま何段目か”を常に見失ってるようなものね」

「なにその“永遠の初回プレイ”!!」

「でもね翔太郎くん、わたし、目標はあるの」

 美紅が真剣な顔で言う。

「目標は、誰かの役に立つこと!だから、忘れても進む!」

「……うわ、泣けるけど、実際問題、めっちゃ困る!!」

 次の瞬間。

「よし、目標は――」

「あ、またリセット入った!」

 こうして美紅の“目標追従型5秒記憶”生活が始まった。

 街中を奔走しながら、記憶を失い続ける少女を、翔太郎たちは全力でサポートする羽目になる――。




 翔太郎と璃桜は、美紅の後を追って全力疾走していた。

「よし、目標は――!」

「あ、まただ!」

 校内を抜け、購買へ向かう途中でも、

「こんにちは!目標は――!」

「また記憶飛んだぁぁぁ!!今もう“購買の列”だったぞ!!」

 美紅は笑顔で、目的だけを胸に抱え、何度も何度も、行動の記憶をリセットしながら進み続けている。

「ちょ、こっち来たぞ!次、職員室に向かってる!」

「目標は――!」

「あーーっ、違う!それ違うって!」

 璃桜が慌てて肩を掴んで引き戻す。

「彼女の“目標信号”は固定されてるの。“役に立ちたい”っていう曖昧な内容だけが残ってて、状況がどうあってもそれに従って動いてしまう」

「つまり、“翔太郎が疲れてそう”とか“先生が困ってそう”とか、直前の判断も記憶してないのに、“何かの役に立たなきゃ”って動いてるわけか……」

「ええ。そのせいで、行動がどんどん“空回り”していく。記憶の累積がないから、“改善”が起こらないのよ」

「まって、それ“努力型の地獄”じゃねぇかよ……!」

 そして、次の瞬間。

「翔太郎くん!目標は――!」

「はいはいはい!もうわかったから!今お前、3秒前にも言った!」

 そのとき、視線の先にいたのは、翔平だった。

「ん? あれ? 美紅、何してんの?」

「よし、目標は――翔平くんのために何かする!」

「いやなんで俺!?お、おい美紅!?ああっ、俺のカバンをなぜ開ける!?わああ!食べかけのパンが!!」

「これはもう少し温めたほうが、翔平くんの活力に!レンジへゴー!」

「やめろォォォォ!!それ学校の給湯室で許される温度じゃない!!爆発するってば!!」

 璃桜が慌てて止めに入り、翔太郎は頭を抱えた。

「まずいな……これ、美紅が“誰かを見つけるたび”に暴走していくぞ……!」

「うん……記憶が無いぶん、“いまこの瞬間の状況判断”がすべてになってる。つまり、美紅の目には“すべての人が困って見える”」

「善意の誤爆地雷じゃねえかよぉぉぉ!!」

 そして放課後。

 翔太郎たちは、美紅を落ち着かせるため、旧校舎の空き教室に誘導していた。

「ここなら、余計な人も来ないし、落ち着いて話ができる……たぶん」

「よし、目標は――」

「来るな!5秒間ストップ!!座って!座るまでがゴール!」

 座った美紅は、首を傾げる。

「……えっと。なんでここに?」

「それも忘れてるのかよおおおお!!」

 璃桜が静かに椅子に座る。

「でも、美紅は“人のために”っていう想いは変わってないのよ。だからこそ、このままじゃ、その“優しさ”が自分を壊す」

 翔太郎は、美紅の手をとって言う。

「美紅。お前、なんでそんなに“誰かのために”って思えるんだ?」

 美紅は目を丸くした。

「……うーん、忘れちゃったけど……でも、たぶん、“そのほうがうれしいから”かな?」

 翔太郎は一瞬、返す言葉を失った。

“覚えていない”のに、“大事なこと”は残ってる。

 璃桜が、ぼそっと呟く。

「……記憶は消えても、“心の癖”は残る。そういうタイプのアニマね。つまり、“本能的な優しさ”が、行動の核になってる」

「だったら……どうすれば、それを“守ったまま”止められるんだよ……」

 そのとき。

「よし、目標は――!」

「あっ、まただーーー!!」

 翔太郎たちは、改めて立ち上がる。

 これは、“優しさ”を“暴走”から救う戦いだった。




 旧校舎の空き教室にて。

「よし、目標は――!」

 翔太郎と璃桜が同時に叫ぶ。

「ストーップ!!!!!」

 二人して机の上に飛び乗り、美紅の突進を寸前で止める。

「もはや“反射で止める部隊”になってるんだけど!?」

「これはもう……スポーツだね……」

 璃桜が、ヘアピンでまとめた髪を整えながら、真剣な表情で言う。

「翔太郎。私たち、もう“止める”のは限界かもしれない」

「限界って……じゃあどうすんだよ? 放っておいたら、美紅が“善意の怪獣”みたいになって街中破壊するぞ!?」

「“壊す”んじゃなくて、“道をつけてあげる”の。“忘れても困らない”ように、“道筋を敷いて”あげるのよ」

「……え?」

「つまり、記憶を使わなくても“正しい選択肢に誘導される”ように、彼女の周囲を整えるの。“優しさを安全に使えるように”支えるのが、今回のゴールよ」

 翔太郎が目を見開く。

「じゃあ、全部“段取り”しておいて……彼女が来たら“あとは自然に動けばOK”みたいにすれば……!」

「うん。“本人は覚えてない”けど、“助ける力”はちゃんとあるから。こっちが“安全な現場”を作っておけばいい」

 翔太郎は深く頷いた。

「よし……じゃあやるぞ。“美紅のためのマップ作り”!」

 そのとき。

「よし、目標は――!」

「はい!!まずは椅子に座りましょう!!どうぞ!!お茶もあります!!!」

「えっ、すごい!優しい!……って、え、えーと、なんで私ここに?」

「それは“優しさに包まれてるから”だよ!気にしなくていい!」

 翔太郎が全力で笑顔をつくった。

 その日から始まったのは、“美紅誘導ルート”の構築だった。

 ①職員室前に“ちょっと困ってるフリの先生”を配置

 ②校庭に“転びそうな風のダミー人形”

 ③美紅用の“あたたかいありがとう紙メッセージ”を設置

 ④そして行動ログをノートに記録し続ける係:璃桜と翔太郎

 最初は混乱したが、美紅の行動は一定の“優しさパターン”に基づいていた。

 その行動特性に合わせて“助けが必要そうに見える状況”を先回りして配置すると、美紅はそこへ一直線に向かっていく。

「よし、目標は――!」

「はいこちら!荷物が多くて困ってる人役です!お願いします!」

「ありがとう!!助かりました!やっぱり美紅さんはすごいですね!」

「えへへ……えっと、私、なにしてたっけ?」

「忘れても、それが“君らしい”から大丈夫!」

 翔太郎の返しは、今では完璧だった。

 璃桜も、メモを取りながら微笑む。

「なんか……これ、“支える”って感じ、するね」

「うん。美紅が“記憶を持たない”代わりに、俺たちが“記録”を持ってる。そうやって支え合ってる感じ」

 そして、日が落ちかけた頃――

 屋上で、美紅が一人、夕陽を見つめていた。

 翔太郎が隣に立つ。

「……また、忘れてた?」

「うん。でも、なぜか“うれしいことした”って、体がぽかぽかしてる」

「それで十分だよ」

「ほんとに……?」

「うん。思い出せなくても、誰かが君の“優しさ”をちゃんと見てるから。俺たちが、覚えてるから」

「……ありがとう、翔太郎くん。えっと……わたし……」

「うん?」

「よし、目標は――!」

「はい!!それじゃあ、また“誰かの笑顔”作りにいこうか!!」

 夕陽のなかで、美紅が笑った。

 翔太郎も、笑い返す。

“忘れても、大事なことは、ちゃんと伝わる”。

 それは、“信頼”のかたちそのものだった。

(第16話 完)


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