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【第20話】翔太郎、世界の構造に気づく?

 きっかけは、トイレだった。

「なあ璃桜、俺……今日、3回連続で“トイレに呼び出されてる”んだけど……?」

 翔太郎が顔をしかめながら言った。

「しかも全部“別の校舎のトイレ”で、“同じ落書き”があったんだよ。“見えてる者は気をつけろ”って、赤いマジックで書かれてる」

 璃桜は観測ノートをめくる。

「過去の観測ログにはない表現。これは……“観測者にしか見えないアニマ由来の言語”の可能性がある」

「てかさ、そのあと靴箱に行ったら“カエルに道を塞がれる”って状況になってな?」

「カエル?」

「そう、すごく無表情で、“ぐえぇ”って鳴くだけなんだけど、どかないんだよ!俺が進もうとすると、ぴょんってジャンプで先回りすんの!」

 璃桜の指が止まる。

「カエル型アニマ……“転回阻止型”。観測者が“真実に近づこうとした時”、干渉してくる個体と一致するわ。存在する限り、“前に進む行為”自体を妨害する」

「それ絶対、なんかの“伏線”だよな!?」

 翔太郎の声が上ずる。

 放課後、翔太郎はひとりで“あの廃神社”へ向かっていた。

 そう――すべての始まりだった、“開かずの扉”のある場所。

 夕暮れの影が、神社の鳥居を濃く染める。

「……やっぱり、ここなんだよ。俺、最近ずっと感じてた。“俺ら、見せられてる”って。世界が、演出されてるみたいな……」

 そのとき、木々の間をすり抜ける風が、紙垂を揺らした。

 ぎい……という音とともに、社殿の奥の扉がわずかに“きしむ”。

「……開いた?いやいや、開くなよ!!なんでこのタイミングでホラー演出なんだよ!」

 そう叫びながらも、翔太郎は足を踏み出していた。

 社殿の裏に続く小道。そこに――

「“ログファイルを照合しています”って文字が浮いてんだけど!?」

 鳥居の上に、明らかに“コンピュータ的”なフォントで、文字が浮かび上がる。

「待って、俺これ、なんかの“世界設定画面”に足突っ込んでない!?」

 そのとき、バグのようにノイズが走り、景色が一瞬だけ“ノートの罫線”になった。

「うわああああ!!なに!?紙の世界!?俺、今マンガのコマの中にいた!?えっ、どういうこと!!?」

 風が止まる。

 静寂の中、どこからか、声が響いた。

『観測者、翔太郎。記録は継続されている。認識が進行すれば、構造体とのリンクが強化される』

「待て待て待て、誰!?お前は誰なんだよ!?てか“構造体”ってなに!?俺の世界、もしかして……設定されてんの!?」

 その瞬間、鳥居の上の文字が、最後にこう書き換わった。

《次の観測は、笑いの中に在る》

 翔太郎は、言葉を失った。

 世界が――“作られている”かもしれない。

 そんな不安が、脳の奥に張り付いたまま、日常に戻るのだった。



 翌朝。

 翔太郎は、学校に着いて早々、異様な景色を目にした。

「……なんで、黒板の端に“デバッグ中”って書いてあるの?」

 その文字はチョークではなく、“空間上”に浮かんでいた。

「しかも、フォントが明らかに“システム標準”じゃねぇか……!」

 生徒たちは気づいていない。見えているのは、おそらく観測者だけ。

「璃桜ー!これ見て!俺だけ?幻覚じゃないよね!?」

「確認したわ。観測者ログ上にも出てる。これは明確な“空間表示干渉”。しかも“観測対象の現実”にのみ表示されるエラーメッセージ」

「要するに、“俺の目に見えてる世界”がバグってるってこと……?」

「ええ。つまり、翔太郎だけが、“世界の仕様書”に触れかけているの」

「そんなもん触れたくなかったあああああ!!」

 翔太郎は顔を覆った。

 昼休み。

 さらに追い打ちがかかる。

 購買でパンを選ぼうとしたとき、突然レジの上に文字が浮かぶ。

《選択:A. カレーパン B. メロンパン C. やめる》

「なんでギャルゲー式選択肢が浮いてるんだよ!!購買だぞここ!!」

 翔太郎が思わずBを見つめた瞬間、“ピロン”という効果音が脳内に鳴り響いた。

《選択:Bを実行します……》

 店のおばちゃんが満面の笑みでメロンパンを渡してきた。

「お、おい、これ完全に“現実の分岐操作”されてるよな!?」

「“選択の視覚化”……それも“外部意思によるナビゲート”の可能性が高いわ」

「つまり、俺が“自由に選んでるつもり”だっただけで、もしかしたら“選ばされてた”ってこと!?」

 翔太郎の心に、“自分の選択の正体”が重くのしかかってくる。

 5限目、数学。

 教科書を開いた瞬間、ページの余白に浮かぶ奇妙な記号。

《パターンB-13:正答誘導中》

「うわあああ!!やめてくれ、数学にまで構造出てくるのやめてくれぇぇ!!」

「翔太郎、静かにしなさい!」

「すいません先生!!でも今、数式の横に“パターンID”が出てるんです!!」

「……保健室行く?」

「ほんとに俺だけなんだなこれ!!」

 放課後。

 翔太郎は、半ば呆然としながら帰路に就いていた。

 いつもの道、いつもの信号、いつもの公園。

 だが、ふと目を逸らした一角で、“現実が一瞬だけノイズの縞模様”になる。

「ぐっ……!」

 頭を抱える翔太郎。

 そのとき、何かが聞こえた気がした。

 風ではない。“誰かの呼びかけ”のような、しかし言葉にはならない“意志のざわめき”。

 そして、街灯の支柱に、小さなプレートが貼られていた。

【観測者ログ:都市モデルB-44 検出エラー中 修正:未完】

 翔太郎は立ち止まる。

「これが……“俺たちの世界”の正体……なのか……?」

 遠くから璃桜が駆けてくる。

「翔太郎!」

 彼女が差し出したノートには、こう書かれていた。

《観測者の一部が“階層の断層”に触れている。現実の“厚み”がズレ始めている》

 翔太郎は空を見上げた。

 ビルの隙間から見える夕空が、どこか“背景画”のように見えた。

「俺たちの世界……本当に“ここ”にあるのか?」



「じゃあさ……俺たちが“ここ”で見てる世界って……ほんとに“現実”なのかな……」

 ぽつりと漏れた翔太郎の声に、璃桜は静かに答えた。

「私たちが“観測者”になったその瞬間から、たぶんずっと、“現実”って言葉には揺らぎがあった。見えてしまった時点で、何かが“分離”されてたのよ」

「見えてるのに、触れない。“変えられるようで、何もできない”。まるで……」

 翔太郎は口を噤む。

“物語の中の登場人物”になったような気がしたのだ。

 誰かが描いたフキダシの中で、決まったセリフを喋る。偶然出会って、偶然行動して、偶然に導かれていく日々。

 けれどその“偶然”が、全部“設定”だったとしたら?

「璃桜……俺さ、たまに“記憶”がずれることがある。“そんなことしてない”はずの行動を、周りが“やった”って言ってくる」

「……それは、現実が“書き換えられている”のかもしれない。“観測者の記憶”は一部、システム外に残る可能性がある」

「じゃあ俺、“一人だけ別のデータ”を持ってる可能性あるってこと……?」

 翔太郎の声は、かすかに震えていた。

「他の誰かと違う記憶を持ってるって、なんかもう、“バグ”とか“バージョン違いのプレイヤー”みたいでさ……」

 璃桜は、手元のノートを見つめながら小さく首を振った。

「翔太郎、怖いのはわかる。でもそれは“ズレ”じゃなくて、“観測者の特性”よ。“記録されなかった事象”を覚えてる人は、システムから見れば異物。でも、世界から見れば……真実の証人よ」

「でもさ、“俺の記憶”がほんとに正しいって、誰が証明してくれるんだ?」

 翔太郎の問いは、夕暮れの色を帯びた空に溶けていく。

 公園のベンチに並んで座る二人のまわりは、いつもの放課後と同じように見えた。

 けれど、翔太郎の目には、風景の端々が“設計された仮想背景”のように見えはじめていた。

 たとえば、空の雲。

 たとえば、等間隔に並んだ電柱。

 たとえば、決まった時刻に通る猫の足音。

「もしこれが“組まれた現実”なら、俺たちはどこまで自由に生きていいんだろうな」

 璃桜は、少し考えてから答える。

「たとえ“世界の構造”が作られていたとしても、そこで“何を選ぶか”は、私たちの自由よ。翔太郎、あなたはいつも“無難”を選んできた。でも、それは“誰かに選ばされた”んじゃなくて、“あなたがそうしたい”って思ったからでしょ?」

 翔太郎は返事をせずに、しばらく遠くを見つめていた。

(俺が無難を好んできたのは、自分を守るためだった)

(だけどもし、この“世界”が誰かのプログラムで、“役割”すら決められてるんだとしたら……)

(それすらも、シナリオ通りだったら?)

「……なあ璃桜。俺、“自分の選択”が本当に自分のものなのか、わからなくなってきた」

「……それでも、あなたは今、自分でここに来たわ」

 その一言が、翔太郎の中の何かをすっと緩ませた。

 しばしの沈黙の後、翔太郎はゆっくり立ち上がった。

「じゃあ、俺は――もうちょっと“真実”に近づいてみるよ。自分の意思で。意地でもさ」

 そのとき、ポケットの中のスマホが震えた。

 画面には、見覚えのない通知が浮かび上がっていた。

《観測者No.03:準管理層識別に接近中》

 翔太郎が、ゆっくりとつぶやく。

「……“準管理層”って、なんだよ。もう完全に“RPGのラスダン”みたいなワードじゃねぇか……」

 しかし、どこかで笑っていた。

 世界の構造がどうであれ、自分の足で前に進むという選択肢だけは、今の自分が“本当に選んだ”ものだ。

(第20話 完)


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