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【第26話】陸斗、任せたら最後

「なあ翔太郎、ちょっとこれ、プリント職員室に持ってってくんない?」

「お、いいぞ。……あ、いや、今陸斗がいたから頼んでみるか」

 翔太郎が気軽に振り向いた先には、すでに“スーツの公務員みたいな佇まい”で座る陸斗の姿があった。彼はいつものように、腕時計をちらりと確認してから、無駄のない動きで立ち上がった。

「了解。預かります。職員室、12分後に一度通る予定だったので、そのときに投函します」

「え……お前、その移動、もはや配送業者?」

「予定の経路に組み込んだだけだ。業務は効率化するべきだからな」

「いやこれ、“頼んだ側のほうが恐縮するやつ”だよ!」

 璃桜が、陸斗の背中に浮かぶうっすらとした“青い羽”に気づいた瞬間、眉を寄せた。

「……このアニマ……“依頼吸収型”だわ。任されたことを自動でタスクに組み込み、最優先で処理する。しかも“完遂しないと気が済まない”タイプ」

 翔平がすっと手を挙げた。

「じゃあ……試しに言ってみていい? “ちょっと牛乳買ってきて”とか」

「やめろ翔平、そいつは地雷だ」

 だが、時すでに遅し。

「了解。生乳流通ルートの確認から開始する。産地は北海道の酪農地帯でいいか?低温保存で空輸を選択するかは、相手先の希望次第だが……」

「なんで“ちょっとの買い物”が物流設計レベルまで飛躍してるの!?やめて!バター工場まで作らないで!!」

 璃桜はため息混じりに言った。

「このアニマの問題は、“どんなお願いもスケールに応じて最適化されてしまう”こと。“任された責任”が、無限に拡大していくのよ」

「つまり、“頼んだら最後、地球の裏側まで行く”ってやつか……!」

 翔太郎は空を見た。

 その日――陸斗は、5件の「ちょっとした頼みごと」を受け取り、放課後には小型ドローンで試作教材を設計し、地元商店街にPR動画を送り、なぜか市役所と連絡を取っていた。

「もはや“便利通り越して災害”なんだよ、陸斗!!」

「俺は……頼まれたからやってるだけだ」

 その言葉には、どこか悲壮な響きがあった。

 翔太郎たちは、やがて気づくことになる。

“陸斗に何かを任せる”ということは――

“彼の人生のリソースを使う”ことに等しいのだ、と。



 翌朝。

 翔太郎が登校中に目撃したのは、駅前のスクリーンに流れる「本校生徒、物流改革案を市議会に提出」というニュースだった。

「えっ……これ、もしかして陸斗……?」

 慌てて校門をくぐると、玄関には既に“陸斗本部”と名付けられた臨時掲示板が設置されていた。

 張り紙にはこうあった。

《本日対応案件》

 ・職員室エアコン交換の進行管理

 ・購買部の品目最適化

 ・グラウンド芝再整備(海外提携校向けPV素材作成)

 ・翔平の“メモ探し”補助

「最後のだけなんでこんなに個人的なんだよ!」

 翔平がごまかし笑いを浮かべていた。

「いやー俺、昨日うっかり“メモなくした”って言っただけなのに、今朝5時に“最寄りの古紙回収センターに連絡済”ってメール来たんだよ。正直怖ぇ……」

 翔太郎が職員室を覗くと、そこにはビジネススーツ姿の陸斗が、資料片手に複数の先生と話している姿があった。

「それでは、学年主任案と比較した上で、再提案させていただきます。つきましては……」

「誰だよこの“社会の歯車として仕上がりすぎた高校生”は!?」

 璃桜が、陸斗の背後に浮かぶアニマの姿を確認し、唇をかんだ。

「まずいわ……アニマの干渉度が極端に高まってる。彼の“任せられた責任は全うすべし”という信条が、現実を構築し始めてる」

「つまり、“お願いされたこと”が“彼の中で世界の優先課題”になるんだ……」

「ええ。そしてもう一つ恐ろしいのは、“彼自身はそれに疑問を持ってない”こと」

 翔太郎は小走りで近づき、声をかけた。

「陸斗、お前……ちょっと休んだほうがいいって。市議会とか、芝再生計画とか、やりすぎだろ……?」

 しかし陸斗は、微笑みながら答えた。

「大丈夫だ。すべてスケジュールに組み込んであるし、効率化も済んでいる。昨日の夕方には、週末の予定まで自動最適化されていた」

「スケジューラーが“未来を決定”するレベルになってんぞ!それもう預言者じゃん!」

 翔平が叫ぶと、陸斗は真顔で答えた。

「ちなみに、来週月曜の朝に翔平が忘れ物をする予定だから、その予備もすでにカバンに入れてある」

「俺の未来、管理されてるの!?嫌だぁあああああ!!」

 そのとき――校内放送が入る。

『本日、陸斗くんの提案により、2時間目以降の授業は“無駄な時間の見直し”の一環で10分短縮されます』

 教室中がどよめいた。

「やべえ!ほんとに現実が書き換わってる!!」

 璃桜が低く言った。

「このままじゃ、いずれ“全校の時間感覚”すら彼の思考に従って改変される。世界が“陸斗中心”になるわ」

「“何も頼まない”って手段は?」

「彼の周囲に“潜在的な依頼”が発生した瞬間、それを“無言の指示”として読み取り自動処理に入る。つまり“頼む前から動いてる”のよ」

「もう“エスパー便利屋”じゃんかそれ!!」

 翔太郎は真剣な顔になった。

「……陸斗は、“期待に応え続けることで、存在を保証してきた”タイプかもしれないな」

 璃桜が静かに頷く。

「彼にとって“任されること”は、“信頼されること”と同義。でもその価値基準が、今は暴走してる。信頼の重みで、彼が潰れる前に止めないと」

「止めるには……“信頼しなくても、お前は必要だ”って伝えるしかない」

 翔太郎たちは、決意を胸に、次なる“会議室”へと向かう。

 そこでは陸斗が、地域連携イベントのスライド資料を“来年度予算”のフォーマットで作っている最中だった。



「これが地域活性化のたたき台。中学生向けの職業体験と連動したオンラインマップの設計案。SNS展開は今朝方承認済」

「何者だよお前はああああああ!!!」

 会議室のホワイトボード前、翔平が天に向かって叫んでいた。

 その横では、すでに市議らしき人物とZoom会議を終えた陸斗が、静かに資料を閉じている。

「任されたから。必要とされているうちは、全力で応える。それが僕のスタンスだよ」

「なあ、陸斗……」

 翔太郎がゆっくりと言葉を選んだ。

「お前が“頼まれるのが嬉しい”のはわかるよ。でもな、それが“誰かに必要とされないと存在できない”って感覚になってたら、それは危険信号なんだ」

「……僕は、昔からそうだった。親も先生も、周りの人も、“陸斗はしっかりしてるね”“助かるよ”って言ってくれてた。だから、もっと頑張った」

「そして今、お前は“世界全部の責任”を背負おうとしてる」

 翔太郎のその言葉に、陸斗の手がわずかに止まる。

「でもな、陸斗。俺たちは、お前に“便利屋”になってほしいわけじゃない。スケジュールの鬼でも、完璧な作業員でもない」

「お前がただ“一緒にいてくれるだけ”で、十分ありがたいんだよ」

 翔平が、不器用に続けた。

「そうそう。なーんもしなくても、机に座ってくれてるだけで、“よし今日も陸斗いる”って落ち着くし」

「“お前がいる”ことが、すでに信頼なんだよ」

 そのとき。

 陸斗の背後に立っていたアニマが、大きくうねった。

“責任の化身”のようなその姿が、初めてぐらりと揺れた。

 陸斗が目を見開く。

「僕は……必要とされなくなったら、いなくなると思ってた」

「そんなことない」

 璃桜が、はっきりと告げる。

「人は、何かをしなくても“いていい”の。信頼っていうのは、“役割の交換”じゃない。“一緒にいる”という実感が、すでに価値なのよ」

 アニマが、ひとつ息を吐くように膨らみ――そのまま、陸斗の背中へと溶け込んでいく。

 翔太郎が慎重に一歩踏み出した。

「陸斗。“任せられる”のも強さだけど、“誰かに頼っても大丈夫”って思えるのも、立派な強さなんだぜ」

 静寂。

 そして、陸斗が小さく笑った。

「……ありがとう。たぶん僕、“何もしない自分”を、ずっと恐れてた。けど……それでも、受け入れてくれる人がいるなら」

「その人たちと、ちゃんと向き合っていきたいと思う」

 その瞬間、周囲の空間に満ちていた圧力がすっと消える。

 会議室の時計が正常に時を刻み始めた。

 外ではチャイムが鳴り、日常が戻ってきたことを告げていた。

 翔平が首をぐるぐる回す。

「ふぅ~~……これでようやく、地球規模のマネジメントから開放だな……!」

 陸斗は照れくさそうに笑った。

「今度から、無理なお願いは断ることにするよ。あと、“全部一人で抱える癖”も、ちょっとずつ直していくつもりだ」

「でも……」

「次の遠足の行程表だけは、作らせて」

 翔太郎と翔平、そして璃桜は同時に叫んだ。

「それだけは誰も勝てないからやめてぇえええええ!!」

(第26話 完)


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