「……それさ、たぶん机の下の奥の奥に落ちてると思うよ」
「うわ、ホントだ!翔平ありがとう!」
「いや、ちょっとまって、今それ言ってない!俺、まだ“探してる途中”だったよね!?なんで先回りしてるの!?」
翔太郎は、立ったまま机をのぞきこみながら唖然としていた。
「うーん、なんか“今そこにある困りごと”が、脳内にパッと浮かんできたんだよね~」
翔平は軽やかに笑っていたが、その背後にはふわりと浮かぶ金色のアニマがぼんやりと揺れていた。
璃桜はすぐに見抜いていた。
「“共鳴干渉型アニマ”。他者の悩みや問題を無意識に感知し、先回りして“勝手に解決”しようとする……通称、“おせっかい神”ね」
翔太郎がゆっくり振り返る。
「……つまり翔平は今、“他人の問題に自動で突っ込むモード”ってことか?」
「うん。要するに“おせっかいロボ”だよ。感情で動くくせに、割と精度高いのが逆に厄介」
「俺、そんな便利家電になった覚えないんだけどなー」
翔平が肩をすくめた直後――
「翔平くん!私、ノート忘れちゃって……」
「はい、さっき机の横に落ちてたやつだよ。名前書いてなかったけど筆跡で判断した」
「え、なんでそんなことまでわかるの……!?すごいけど、怖い……!」
廊下の女子が後ずさる。
璃桜は小さく呻いた。
「これは……時間の問題ね。翔平の“おせっかい反応”が全方位に広がって、街全体を“余計に助けまくる”世界に変える可能性がある」
「たすけるだけなら良くないか?」
「いや、“まだ相談する準備もできてない悩み”とかにまで首を突っ込まれると、それってもうただの侵略よ」
「侵略の定義、重いな……!」
翔太郎がツッコミながらも、目を細めた。
「でも、翔平って昔から“誰か困ってるとほっとけない”タイプだったよな。けど、それって全部“自分の意思で”やってたろ?」
「……今は違うんだ。身体が勝手に動く」
翔平が、少しだけ寂しげに笑った。
「なんか……“俺がやらなきゃ”って気持ちじゃなくて、“やらなきゃ終われない”みたいな感覚なんだよね。ずっと、誰かの“困った”が耳元で鳴ってる感じ」
「……それ、めちゃくちゃしんどくね?」
「しんどいけど、放っておけないんだ。だって、俺が声をかけるだけで、少しでも誰かの表情が和らぐなら、それってすごく、嬉しいことだからさ」
翔太郎は、翔平の背中をぽんと叩いた。
「じゃあ次は、俺らが“お前の困りごと”に首を突っ込む番だな」
翌日。
校門前に設置された白いテントの下では、翔平が“臨時なんでも相談所”を開いていた。
「カバンのファスナーが壊れた?ほい、代用品。牛乳がこぼれた?予備の体操服、持ってきた。靴擦れ?じゃあ靴屋まで送っていこう!」
「すげぇ……」
「これが……“おせっかいモードLv.5”か……」
「もう“善意の化け物”だよ……!」
一方、翔太郎たちは、廊下の隅で会議を開いていた。
「これは、明らかに限界突破してる」
璃桜が厳しい顔で言った。
「“人助け”が“世界構造に組み込まれた義務”になってる。つまり翔平は、いまや“他人の未然の困難”まで予測して、対応し始めてるの」
「それもう未来視じゃん!」
翔太郎が驚く。
「事実よ。彼、今朝バス停で“これから倒れそうになる人”に栄養ドリンク渡してたわ」
「神かよ!」
「ちがう、神でもやらないレベルの“オーバーケア”!」
その頃、翔平はすでに隣町まで自転車で走り、誰かの落とした財布を“まだ落とす前に拾う”という謎の時空介入を果たしていた。
彼のスマホには“悩み察知アプリ”でもインストールされているのかと思うほど、常に誰かの困りごとを探知し、即座に解決に向かっていた。
が。
事件は午後、購買で起きた。
「すみません、今日はメロンパンが売り切れで……」
「大丈夫!俺、今朝パン屋に発注かけといたから!10分後に届くよ!」
「え、でもそれ“購買部の許可取ってません”よね!?」
「え、まじで!?あっ、でもほら、みんな喜ぶし!」
結果、勝手に届いたメロンパン600個が校庭に積まれ、校長先生が直々に飛び出してくる騒動となった。
「これは越権行為です!!」
「すみません、校長!でも、みんなが喜ぶと思って!!」
「翔平くん、君の“やさしさ”はわかる!でもね、ルールというのもまた“みんなのためのもの”なんだ!」
その言葉に、翔平は一瞬、手を止めた。
「……俺、やりすぎた?」
「うん。やりすぎた。でもな、誰かのために動こうとしたその気持ちは、本物だ」
翔太郎が言った。
「ただな。人には“助けられる準備”がいるんだよ。誰かの問題って、勝手に入っていい場所じゃない。“頼られたとき”に、応えればいいんだ」
翔平は、校庭の片隅に山積みにされたメロンパンを見つめた。
「……俺、誰かの役に立ちたかったんだ。“意味ある存在”になりたくて」
璃桜が静かに歩み寄る。
「それなら、焦らないで。“誰かにとっての役割”は、時間をかけて育てるものよ。“無理に早く差し出す”ものじゃない」
「でも……それだと、間に合わないこともあるじゃん。気づいたときには、遅いことだってあるじゃんか」
「そう。でも、それでも一緒に“遅れて泣いてくれる人”がいることの方が、ずっと大事なの」
その言葉に、翔平は目を見開いた。
「……遅れても、間に合わなくても、そばにいられる……か」
翔太郎が肩を叩いた。
「おせっかいってのはな、“相手を信じる心”がセットでないと、ただの“押しつけ”になる」
翔平はようやく、スイッチを切るように深く息を吐いた。
背後に漂っていたアニマが、ゆっくりと翔平の背中に吸い込まれていく。
「……ちょっと、疲れた」
「だろうな。今日だけで、町内4カ所でヒーローやってたからな」
「……でもさ」
翔平は笑った。
「“困ってる奴を見過ごすのは性に合わない”って気持ちは、多分一生変わらないや」
翔太郎も笑った。
「いいよ。変わんなくて。でも、“踏み込みすぎない距離”は、ちゃんと考えろな」
翔平は、静かに頷いた。
(第28話 完)