「翔太郎、お前はどっち派だ?カレーは甘口か中辛か?」
「……どっちでもいいかな」
「出たぁああ!出たよ“どっちでもいいの神”!そういうとこだぞ!?」
翔平の悲鳴にも似たツッコミが、昼休みの教室に響き渡る。
「いや、だってどっちもうまいし、特に文句ないし……」
「お前の“平和主義”っていうより“無関心の極み”なんだよ!」
「無関心じゃなくて、“どっちでもいいくらいには満足してる”って意味だって……」
璃桜が机にノートを広げながらぽつりと呟いた。
「翔太郎の“選ばなさ”って、時々こっちが不安になるのよね。なんか、すごく“決定から遠ざかってる”感じで」
「でもそれが、彼の“持ち味”でもある」
そのときだった。
――廊下がねじれるように歪んだ。
「……ん?なんか今、空間が“ぐにゃっ”と……」
「異常発生ね。感覚的には“現実干渉度9.5以上”……ってことは、これは――」
璃桜がノートをめくる手を止めた。
「“選択過負荷型アニマ”だわ」
「それって……?」
「周囲に“常に選択を迫る”状況を作り出し、答えを出した者から順に、“改変された現実”に巻き込まれていく現象よ」
「つまり……“どっちを選んでも地雷”なクイズを、強制でぶつけられるってことか……」
「そう。“選んだ”という事実そのものが、“現実の改変トリガー”になる。たとえそれが正解でも、“答えた”ことがトリガーなのよ」
その瞬間――
教室のスピーカーから、機械的な音声が流れた。
『問題です。あなたの隣の人が“実はロボット”だとしたら、どうしますか? A:通報する B:見なかったことにする』
「な、なんだこれ……!?なんで急に哲学みたいな二択が……!?」
「ヤバい!答えたら、その“世界線”が発動する!!」
璃桜が叫ぶ中で、何も言わずに口をつぐむ翔太郎の頭上には、なぜか“干渉率:0.0%”と書かれた青い表示が浮いていた。
「……えっ、なんで翔太郎だけ“ノーカウント”!?」
「彼、“そもそも答える気がない”のよ。“どっちでもいい”が、現実改変に干渉しない“バリア”になってる!!」
「え、俺、最強なの?」
「ある意味、“存在しない決断”って、こういう局面だと“無敵”なのよ……」
翔太郎は肩をすくめた。
「いや、俺、ただ面倒くさがりなだけなんだけど……」
「その面倒くささが、今この世界で一番“揺るがない軸”になってるの!!」
『問題です。あなたが落としたのは金の斧ですか?銀の斧ですか?』
「で、出たあああああ!!神話形式の罠問題!!」
「ちょ、ちょっと待って、これ、もし“どっちでもない”って言ったら、斧ごと消えるやつじゃない!?」
『答えなかった場合、あなたの“記憶の中の斧”が削除されます』
「記憶ごといくのかよ!?」
翔太郎は黙ってその場に立っていた。
答えなかった。
いや、正確には、そもそも“反応しなかった”。
すると――彼の足元だけ、空間の歪みが“無視”されたように、安定していた。
周囲の生徒たちは次々と“現実の更新”に巻き込まれ、誰かは“ペンがすべて魚に変化する世界線”へ、誰かは“話すたびに言葉が漢詩になる世界線”へと、強制転移されていた。
「わ、私は“金の斧”です!!」
ピカッ――
「ぎゃああああ!机が全部“金属光沢”になったあああ!!」
「おれ、“銀の斧”って答えたけど、教科書が全部“時代劇調”になったぞ!!」
「このままだと世界が選択肢ごとの“分岐パッチワーク”になる!」
璃桜が必死にノートをめくりながら言う。
「このアニマ、基本的に“答える行為”自体がトリガー。選択は関係ない。“選ばない”ことが唯一の“改変拒否権”なのよ!」
「つまり……翔太郎が最強!!」
「いや、言い方もうちょっとどうにかならない?」
「“無難”が世界を守ってるってヤバくね!?」
翔平が必死に地面にしがみつく中で、翔太郎はまた現れた質問をただ見つめていた。
『目玉焼きにはソースですか?醤油ですか?』
「……」
沈黙。
何も言わない。
その瞬間――
その質問そのものが、ふっと“霧のように”消えていった。
「うそ……“質問を無視することで、その概念ごと消滅”させた……!?」
璃桜が信じられないものを見る目をしていた。
「これはもう、“選ばない勇者”だよ……」
翔太郎はぽつりと言った。
「正直……ただの面倒くさがりがこんな重要ポジションになるとは思ってなかった」
そのとき。
巨大な天井がねじれ、空から“究極の二択”が現れた。
『世界を救いますか?壊しますか?』
教室が凍りついた。
「えっ……これ……どっちも選べなくね!?」
「選べば、どちらかに大きく振れる。“壊す”を選べば終末。“救う”を選べば、今の構造がリセットされる。でも、どちらも“犠牲”が伴うわ」
全員が翔太郎を見た。
「まさか……」
「そうだ。“こいつに任せるしかない”」
翔太郎はしばらく考えて、机に突っ伏した。
「……どっちでも……いいから……昼寝させてくれ……」
その瞬間。
世界が、静かになった。
空間が、元に戻った。
黒板に文字が戻り、制服が普通の布に戻り、ペンがペンになった。
「世界が……“選択を拒否することで”、再構築された……?」
璃桜は目を見開く。
「“何者にもならないこと”を貫いた翔太郎が、結果として“何ものにもなり得る可能性”を無限にしたのよ」
「そんなすごい話、朝ごはん食べながらするような奴じゃないだろ」
翔平がツッコむ。
翔太郎はあくびしながら、窓の外を見た。
「なんかさ……無難でも、誰かの役に立つことってあるんだな……」
その言葉に、璃桜は少し微笑んだ。
「ええ、翔太郎。あなたの“何も選ばない”姿勢が、今日この世界を救ったのよ」
(第30話 完)