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【第34話】緑、“天気”を操ってしまう

「くしゅんっ!」

 その瞬間、空から雹が降ってきた。

 校門をくぐった翔太郎は、あまりの異常気象に一瞬足を止める。

「……ちょ、今くしゃみ一発で“冬”になった!?」

「ご、ごめんっ!私のせいっぽい!」

 上ずった声と共に現れたのは、いつもの元気な笑顔を浮かべた緑だった。だがその頭上には、彼女の機嫌とは裏腹に、ゴルフボールサイズの雹がドカドカと降り注いでいる。

「ちょ、マジで痛いんだけど!?空が石投げてくるの!?天気予報に“打撃注意”とか出るの!?」

「違うの違うの、今朝ちょっと鼻がムズってして……それで……あ、くしゅっ!」

 ドシャァァァァァ!

 今度は夕立のような土砂降り。制服の袖に当たった水が、みるみるうちに滝のように流れ落ちる。

「どんだけ感情連動型だよお前の天気!」

 翔太郎が叫ぶと、すぐさま空が晴れ渡り、今度はギラついた夏の太陽が顔を出した。蝉が唐突に鳴き始め、地面からも蒸気が上がる。

「わあ、あったかい〜〜!」

「気温差で風邪ひくぞ!原因お前だけどな!」

 その騒動を、やや離れたところから見つめていたのは、美紅と陸斗だった。

「緑ちゃん……またすごいことになってるね」

「うん。8時14分に曇り→雹→大雨→真夏→虹。8時18分現在、すでに天候が4回変化済み」

 陸斗が手帳に記録しながら静かに言う。彼の表情は冷静だが、額には微妙に血管が浮いている。

「このままじゃ“1時間に12天気”だな」

「わ、天気が“1日3交代制”どころじゃない」

 翔太郎が再び声を張り上げる。

「なあ緑、自覚あるか!?お前が笑えば晴れて、怒れば台風で、悲しめば雨なんだよ!お前の感情、街全体の天気の元凶だぞ!!」

 緑は、額に汗を浮かべながらも、どこか楽しげに笑った。

「えへへっ、でもちょっと気持ちよくない?私のテンションで空が動くんだよ!?」

「だからこそ怖いんだよ!だってその笑顔、台風5号並のエネルギーだもん!」

 そのとき、空にピカリと稲光。

「……あ、ごめん。今ちょっと“この状況ウケるかも”って思った」

 ドッッッッカァァァン!!

「ウケるなァアアア!!!!!」

 翔太郎の絶叫が、雷鳴と共に響き渡るのだった。



「ひぃぃっ、すごい風!前髪が垂直だよお!!」

 教室のドアを開けた瞬間、廊下に“突風”が吹き抜けた。強風でプリントが舞い、美術部のスケッチが紙飛行機のように飛んでいく。

「なんだこの気象災害は!?廊下って“屋内”だよな!?」

 翔太郎の叫びに、美紅が隣で同意する。

「今、風速15メートル超えてると思うよ!理科の先生が『台風扱いにして欠席できるかも』って言ってた!」

「いや、その理科の先生が一番冷静じゃないとまずいだろ!」

 体育館の裏手では、緑が風にあおられながら立っていた。笑顔を浮かべながら、だが表情はどこかひきつっていた。

「ちょっとだけ焦ってるときって、風が吹くみたい……私、さっき“自分の靴下裏返しだったかも”って思って……」

「些細な焦りでこれ!?気象庁泣くぞ!!」

「でも!晴れてるときはいいよねっ!私がハッピーなときは世界もハッピーってことで!」

 緑がケラケラと笑った瞬間、太陽がギラリと輝き、気温が一気に5度上昇する。校庭では植物が一斉に「グッ」と音を立てて伸び、養護教諭が「熱中症警報!」とスピーカーで叫ぶ。

 陸斗は、あらかじめ用意していた“異常気象行動マニュアル”を開きながら無表情で告げる。

「緑の現在の感情指数:快晴+8。雷確率:32%。湿度上昇傾向。次の発言でたぶん降る」

「ちょ、ちょっと待って!?今度こそ“真面目な報道番組”みたいになってる!」

 翔太郎は急いで緑の方へと駆け寄った。

「緑!落ち着け!お前のテンションがこのままだと街がマジで一日で“亜熱帯→極寒→砂漠”をループする!」

「だって!だって私、今日すっごく“テンション高くしてなきゃ”って思ってたの!」

「なんでそんな……?」

 美紅がそっと問いかけると、緑は一瞬表情を曇らせた。

「……だってさ、テンション低いと、みんなちょっと気まずそうな顔するじゃん?」

「え?」

「私って、元気キャラでしょ?だから“落ち着いてると心配される”の。放っておかれるの、怖くて……」

 陸斗が、静かに時計を見た。

「9時42分。緑の“感情圧”による気圧変動が、ピークを迎える時間」

「なにその不安な予報……!?」

 翔太郎が言う。

「なあ緑。“無理に元気でいよう”って思わなくていい。お前の空が、“いつも快晴”じゃなくても、誰も嫌いになったりしないからさ」

 緑は、ぽつんと呟いた。

「……本当に?私が元気じゃないときでも、みんな笑ってくれる?」

「笑う。ていうか、笑わせてみせる」

 翔太郎は、アホみたいな変顔をした。

「んふんっ……!!あはっ……ふふふっ……」

 緑が吹き出した瞬間、空に大きな虹がかかった。

「お、おおっ……!?」

 虹の下、静かに吹く風。ちょうどいい気温。晴れすぎず、曇りすぎず。完璧な“午後の散歩日和”が、そこにあった。

「……ありがとう。ちょっと、泣きそう」

「泣くと多分“ひょう”になるから待てえええ!!」

 翔太郎の叫びと共に、雲が再びゆっくりと流れ始める。

(第34話 完)


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