「くしゅんっ!」
その瞬間、空から雹が降ってきた。
校門をくぐった翔太郎は、あまりの異常気象に一瞬足を止める。
「……ちょ、今くしゃみ一発で“冬”になった!?」
「ご、ごめんっ!私のせいっぽい!」
上ずった声と共に現れたのは、いつもの元気な笑顔を浮かべた緑だった。だがその頭上には、彼女の機嫌とは裏腹に、ゴルフボールサイズの雹がドカドカと降り注いでいる。
「ちょ、マジで痛いんだけど!?空が石投げてくるの!?天気予報に“打撃注意”とか出るの!?」
「違うの違うの、今朝ちょっと鼻がムズってして……それで……あ、くしゅっ!」
ドシャァァァァァ!
今度は夕立のような土砂降り。制服の袖に当たった水が、みるみるうちに滝のように流れ落ちる。
「どんだけ感情連動型だよお前の天気!」
翔太郎が叫ぶと、すぐさま空が晴れ渡り、今度はギラついた夏の太陽が顔を出した。蝉が唐突に鳴き始め、地面からも蒸気が上がる。
「わあ、あったかい〜〜!」
「気温差で風邪ひくぞ!原因お前だけどな!」
その騒動を、やや離れたところから見つめていたのは、美紅と陸斗だった。
「緑ちゃん……またすごいことになってるね」
「うん。8時14分に曇り→雹→大雨→真夏→虹。8時18分現在、すでに天候が4回変化済み」
陸斗が手帳に記録しながら静かに言う。彼の表情は冷静だが、額には微妙に血管が浮いている。
「このままじゃ“1時間に12天気”だな」
「わ、天気が“1日3交代制”どころじゃない」
翔太郎が再び声を張り上げる。
「なあ緑、自覚あるか!?お前が笑えば晴れて、怒れば台風で、悲しめば雨なんだよ!お前の感情、街全体の天気の元凶だぞ!!」
緑は、額に汗を浮かべながらも、どこか楽しげに笑った。
「えへへっ、でもちょっと気持ちよくない?私のテンションで空が動くんだよ!?」
「だからこそ怖いんだよ!だってその笑顔、台風5号並のエネルギーだもん!」
そのとき、空にピカリと稲光。
「……あ、ごめん。今ちょっと“この状況ウケるかも”って思った」
ドッッッッカァァァン!!
「ウケるなァアアア!!!!!」
翔太郎の絶叫が、雷鳴と共に響き渡るのだった。
「ひぃぃっ、すごい風!前髪が垂直だよお!!」
教室のドアを開けた瞬間、廊下に“突風”が吹き抜けた。強風でプリントが舞い、美術部のスケッチが紙飛行機のように飛んでいく。
「なんだこの気象災害は!?廊下って“屋内”だよな!?」
翔太郎の叫びに、美紅が隣で同意する。
「今、風速15メートル超えてると思うよ!理科の先生が『台風扱いにして欠席できるかも』って言ってた!」
「いや、その理科の先生が一番冷静じゃないとまずいだろ!」
体育館の裏手では、緑が風にあおられながら立っていた。笑顔を浮かべながら、だが表情はどこかひきつっていた。
「ちょっとだけ焦ってるときって、風が吹くみたい……私、さっき“自分の靴下裏返しだったかも”って思って……」
「些細な焦りでこれ!?気象庁泣くぞ!!」
「でも!晴れてるときはいいよねっ!私がハッピーなときは世界もハッピーってことで!」
緑がケラケラと笑った瞬間、太陽がギラリと輝き、気温が一気に5度上昇する。校庭では植物が一斉に「グッ」と音を立てて伸び、養護教諭が「熱中症警報!」とスピーカーで叫ぶ。
陸斗は、あらかじめ用意していた“異常気象行動マニュアル”を開きながら無表情で告げる。
「緑の現在の感情指数:快晴+8。雷確率:32%。湿度上昇傾向。次の発言でたぶん降る」
「ちょ、ちょっと待って!?今度こそ“真面目な報道番組”みたいになってる!」
翔太郎は急いで緑の方へと駆け寄った。
「緑!落ち着け!お前のテンションがこのままだと街がマジで一日で“亜熱帯→極寒→砂漠”をループする!」
「だって!だって私、今日すっごく“テンション高くしてなきゃ”って思ってたの!」
「なんでそんな……?」
美紅がそっと問いかけると、緑は一瞬表情を曇らせた。
「……だってさ、テンション低いと、みんなちょっと気まずそうな顔するじゃん?」
「え?」
「私って、元気キャラでしょ?だから“落ち着いてると心配される”の。放っておかれるの、怖くて……」
陸斗が、静かに時計を見た。
「9時42分。緑の“感情圧”による気圧変動が、ピークを迎える時間」
「なにその不安な予報……!?」
翔太郎が言う。
「なあ緑。“無理に元気でいよう”って思わなくていい。お前の空が、“いつも快晴”じゃなくても、誰も嫌いになったりしないからさ」
緑は、ぽつんと呟いた。
「……本当に?私が元気じゃないときでも、みんな笑ってくれる?」
「笑う。ていうか、笑わせてみせる」
翔太郎は、アホみたいな変顔をした。
「んふんっ……!!あはっ……ふふふっ……」
緑が吹き出した瞬間、空に大きな虹がかかった。
「お、おおっ……!?」
虹の下、静かに吹く風。ちょうどいい気温。晴れすぎず、曇りすぎず。完璧な“午後の散歩日和”が、そこにあった。
「……ありがとう。ちょっと、泣きそう」
「泣くと多分“ひょう”になるから待てえええ!!」
翔太郎の叫びと共に、雲が再びゆっくりと流れ始める。
(第34話 完)